先物における最適投資率


2000/6/3

今回の話は純粋に数学的な話ですので、数学に疎い人は結論(太字の部分)だけ見て下さい。 あと、完全な「机上の空論」だという事を押さえておいて下さい。

仮に、あなたが100万円の資金を持っているとしましょう。 ここから50万円利益になる事の有利さと、50万円損する事の不利さは同じでしょうか?
言い方を変えると、一ヶ月後に150万円になるかもしれないし、 50万円になるかもしれない。その確率は半々であるとして、 これがフィフティーフィフティーかどうか?という事です。
少し考えれば0.5倍と1.5倍だから、かなりの不利である事に気付きます。 なぜなら、資金が50万円になってしまったら、もはや100万円の時と同じ規模の建玉は出来ないからです。
結局、相場を確率で論じる場合には資金の多寡を考慮に入れなければ満足な議論になりません。

良く、「満玉張るな」と言いますが、その根拠は何かと考えたことはあるでしょうか。 逆に「片玉三分の一」ともいいますが、なぜ三分の一なのでしょう。
そのあたりの事を数学的に検証してみたいと思います。

まず、次の二点を仮定します。

A.ある資金量で有効な手法は、資金量が変わっても、 運用資金を資金量に比例して増減する事により同じく有効である。
B.相場の動きは局所的に、一次関数+ランダムウォークで表される。

まずAについて。これは例えば、資金が100万円のときに有効な戦術は、 資金が5000万円の時にも、運用を50倍にすれば同じように有効である、という仮定です。 これは実際は正しく無いのですが(板の薄い日本の市場ではなおさらです)、 数式に乗せるには仕方がありません。よって、同じ取引を繰り返す場合、 資金の増減に応じて運用資金も増減されるという仮定で話を進めます。
次にBです。オプション価格の計量分析などに使われるモデルとは違いますが、 局所的に見れば同じであると言えます。



最初に、離散的な場合を考えます。

「サイコロを振って、丁が出れば掛金が2.5倍返し、半が出れば掛金没収。」

こんなゲームがあるとします。 期待値を考えると 2.5×0.5=1.25 で賭ける側に有利ですが、 手持ち資金の半分ずつ賭けていくと、あっという間にお金が無くなってしまいます。
意外だと思った人は、サイコロを実際に振ってシミュレーションしてみましょう。

期待値が1以上なのになぜ損をするのか。 それは、期待値というものの定義が「同じ試行の繰り返し」を前提としているからです。 資金量に応じて運用量が変わる場合、それは「同じ試行の繰り返し」とは言えませんから、 期待値は役に立たない訳です。

よってこの場合、「資金量の変化率」を変数として取れば問題は解決します。 結局のところ、それは、対数を取ることに帰着されます。 (なぜなら、変化率の平均は相加平均ではなく相乗平均を用いるから)

勝率を a、利益/損失を b、一回あたりの賭け金の割合を s とし、 資金量変化率の対数の期待値を f(s) とすると、

f(s) = a log( 1 + bs ) + ( 1 - a ) log( 1 - s )

ab が与えられた時の最適な s を求めるため、両辺を微分すると、

f '(s) = ab / ( 1 + bs ) - ( 1 - a )( 1 - s )

ここで、f '(s) = 0 とおくと

s = a - ( 1 - a ) / b

上で述べたゲームについて計算してみると、a=0.5、b=1.5、ですから、 資金の半分を賭ける、つまり s=0.5 のときには、f(s)=−0.102 となり、 確かに損になることがわかります。最適な投資率は s = a - ( 1 - a ) / b =1/6 より、 全資金の1/6を賭けるのが最適であるという結果になります。

離散的な場合についての結論

勝率=a、利益/損失=b、であるような投資機会に対しては、全資金に対して、 sa - ( 1 - a ) / b だけのリスクを取るのが最適である。

例1:
勝率=70%、利益/損失=1 の場合、s=0.7−(1−0.7)/1=0.4
よって、全資金の40%まではリスクを取っても良いという事になります。 ただ、未来の事は判りませんから、勝率や 利益/損失 が過去の実績だけに依る場合は、 低めに見積もって計算するのが当然でしょう。

例2:
小豆について、65%の確率で500円の上昇、35%の確率で500円の下落があるとの情報を得ているとします。 この情報が正しいとして、一枚あたりいくらの資金的余裕が最適でしょうか (資金的余裕を見れば見るほど建てられる量は少なくなるので、余裕がある方が良いとは一概には言えない)。 ただし、建てた後、500円上下にストップロスとストッププロフィット(?)を入れておくとします。
500円の下落による損失は4万3千円(半額手数料込み)。 逆に、500円の上昇によるプラスは3万7千円。
a=0.65、b=3.7/4.3、を代入すると、 s=0.65−(1−0.65)/(3.7/4.3)=0.243
よって、全資金の24.3%のリスクを取るのが最適。 ここでリスクとは、一枚あたり4万3千円の事であるから、4.3/0.243=17.7、 つまり、一枚あたり18万円弱の資金的余裕を持つのが最適であると言えます。



次に、連続的な場合における考察を行います。
離散的な場合と同じように考えていきます。相場が上昇傾向にあって、 買っていく場合について考えます。下落の場合は売り買いを逆にするだけで同じです。

一営業日あたりの相場のボラティリティーを v 、一営業日あたりの価格上昇率を α、 総資金に対する建玉の丸代金の割合を s 、とします。このとき、

t 日後における総資金/現在の総資金 が 1 + svx付 + sαt で表されるような x に対する確率分布関数は

1 / (2π) × exp( - x2 / 2 )

と書けます。ここで、離散的な場合と同じように考え、対数を取って積分すると

1 / (2π) ×弾xp( - x2 / 2 ) log ( 1 + svx付 + sαt ) dx

ただし、積分範囲は 0 から ∞ までのうち log の中身が 0 以下になる範囲を除いて考えます。 ここから色々と極限操作をしますが、その数学的正当性についてはここでは述べません。

上式を s で微分して 0 と置くと、

1 / (2π) ×弾xp( - x2 / 2 ) ×( vx付 + αt ) / ( 1 + svx付 + sαt ) dx = 0

ここで、t が十分小さいと仮定して近似を入れれば、

弾xp( - x2 / 2 ) ×( α - sv2x2 ) dx = 0

これは結局、

s = α / v2

よって、総資金に対する建玉の丸代金の最適な割合は s = α / v2 となります。
別の言い方をすると、一枚につき、丸代金×v2 / αの資金的余裕を持つのが最適であると言えます。

連続的な場合についての結論

一営業日あたりの相場のボラティリティーを v 、 一営業日あたりの価格上昇率を α とするとき、一枚につき、 u=丸代金×v2 / α だけの資金的余裕を持つのが最適である。

例1:
東京トウモロコシは、2000年4月末の時点で 13690円、ボラティリティーは 1.19% です。 ここから一ヶ月で 500円の下落が見込まれるとすると、
v=0.0119、α=500 / 20 / 13690 = 0.00183
よって、u=13690×100×0.01192 / 0.00183 = 106000
よって、一枚あたり10万円強の資金的余裕をみるのが最適です。
一応注意しておきますと、一ヶ月で 500円の下落というのは、予想ではなくて、 実際に 500円の下落要因がなくてはなりません。 ○円くらいは下げるだろう、等と予想しても滅多に当たらないものです。

例2:
ゴムの鞘滑り取りについて。 東京ゴムは、2000年4月末の時点で 81.0円、ボラティリティーは 1.67% です。 一ヶ月あたり 1.7円鞘滑りすると考えると、
v=0.0167、α=1.7 / 20 / 81.0 = 0.00105
よって、u=81.0×5000×0.01672 / 0.00105 = 107600
よって、一枚あたり11万円弱の資金的余裕をみるのが最適です。

注:ここでの計算通りに玉を建てるのは実際上は無理があります。なぜなら、 資金の増減に応じて建玉を無段階に調節しなければならないからです。 よって実際には、上の式で得られる値を最適値としてではなく限界値であると捉え、 その二倍程度の資金的余裕をみて、上の計算値をオーバーしないように心掛けるのが 正解であると思われます。

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