相場界芳名録

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名前坂本裕二郎更新日時2010/10/08(金) 10:22:50
どんな人?いたって貧乏
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坂本裕二郎 さんの日記

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横っ飛び〜3〜  2010/12/09(木) 09:25:03
 長々と前段が続いてしまいましたが、要は親父のように人生の
折々に差し当たったときに、ある確たる目的をもちながらの横
っ飛びが今の私に出来るかどうかを自問することが多々あります
“終身雇用”なんて言葉は昨今なかなかお目にかからなくなっ
たし、今なおそういうこともあるにはあるでしょうが不安定な
響きでしかないし、定年まで勤め上げての結果的な意味合いで
しかありません
かつてのように、国中が活気づいていた時期には未来を向いた
“終身雇用”が、今では過去を振り返って“終身雇用だったな”
とシミジミ思う人がいる、今ではそんなもんでしょう
しかし、ある程度社会に触れた男は現状の前へ前へとジャンプ
する決断はできても、横へ横へ飛び移る決断はなかなかできない
どう考えたって横っ飛びする方が最良の選択だと分かっていて
もそれができず、まして妻子でも持てばますます現状の殻を破
るチカラは弱くなっていく
それは今いる組織への愛着とか将来性とかではなくて、単に男
そのものの馬力みたいなものが年号が平成に変わったあたりから
どんどんと低下していったからでしょう
私にもこの10年くらいで少なくとも2回はそういった大きな機会
がありましたがやっぱりできなかった
現職でトリアエズ食える状態であるが故に横っ飛びしなかったん
ですが、ゆくゆく先細りするのが目に見えている現職で、今トリ
アエズ、今トリアエズと自分に言い聞かせながらそのうち定年を
迎えて・・・
果たして、ひとりの男としてこのような時の送り方が良いのかど
うなのか
「ええんじゃそれで、辛抱せえ」さんざん横っ飛びした親父は言
いますが、また「まあ今んとこ(現職)がグシャっとなったとき
がワレの勝負時じゃのう」とも付け加えます
世の男どもはたいがいこんなことで煩悶しますが、結局は親父の
ように本格的に切羽詰る状況に追い込まれることがない限り横っ
飛びはできないのかもしれません
ウダウダ何を言おうが書こうが、いずれにせよそれは個々の力量
の問題というでしかありませんが

横っ飛び〜その2〜  2010/12/02(木) 11:48:43
 さて、そうこうしているうち、かつてのチンピラ仲間から船で働かんか
という誘いがありました
船といっても漁師や沖仲仕のような仕事ではなく、ガット船(砂利船)
のことです
当時の日本は経済成長期で、国内のあちこちで埋立て事業があり、ガット
船は休むまもなく稼動していたようです(今では島の沖合いで錨を打った
まま身じろぎもしない姿ばかりで想像もつきませんが・・・)
親父はオナゴを連れ立って迷うことなく船に乗ることを決めた
なぜなら、これなら駆け落ちと就業の一石二鳥で、実際、給料は鉄工所の
3倍以上はあったし、現場は青森、仙台、東京、名古屋でしかも海の上、
願ったり叶ったりだったようです
因みに東京湾の埋立地にいたころこの私が生まれましたが、生活のほとん
どが船上だったためお袋はずいぶんと苦労したようです
もともと海育ちだった親父はこの生活を気に入っていたようですが、今度
は自ら利き手の肘から先を失うほどの事故と船の火災という災難によって、
またも転職を余儀なくされてしまいました
船を下りた親父は家族を連れ、いったん広島へと戻りました
不運だったのか幸運だったのかは何とも言えませんが、火災と事故による
保険金がかなり手に入ったようで、しばらくはこれを食いつぶしながら手
の治療に専念しました
そんな折、親父の長兄が見舞いと金の無心をかねて我が家へやってきた
「のう、いっかい島へ戻れや、仕事はどうにかしちゃるけえ」
ということで、さしたる当てもなかった親父は長兄の言葉に従った
どうせろくでもない話しか持ってきやしないと思っていたところ、この時
ばかりは長兄が良い仕事をした
ちょうど市の現業職に空きが出たらしく、バキューム車やごみ収集車の補
助員といういわゆる3Kの部類であったが、「飯さえ食わせれりゃ」が職
に対する価値基準である親父は喜んで受けた
因みに、この長兄は50半ばで肝硬変であの世へ旅立ったが、背中には大
きな鯉の刺青があり、親父は「銭が足らんけえ色をよう入れんかったんじ
ゃろうが。下書きみとうでみっともない。はなからどじょうにしときゃえ
かったんじゃ」、長兄は「なに言いよんなら、元から白い鯉を入れたん
じゃ、見るもんが見たらわかるんじゃ」と、何かと口悪く言い合い、さら
に金の貸し借りも含めていざこざは耐えなかったが、男としてのウマとい
うのは合っていたように思えてならない
結局、親父は60の定年までこの現業を勤めあげました

※思い出すまま走り書きで読みにくいでしょうが、もう少しかかりそうな
ので、またいったん切ります《つづく》

横っ飛び  2010/11/30(火) 09:36:10
 横っ飛びといえば私のようなニワカ野球通がまずイメージするのは
三遊間に飛んだヒット性のあたりをショートがダイブして捕球し
砂埃の中からすばやく立ち上がり間髪いれずに一塁へ送球する
とまあこんな感じがパッと浮かぶわけですが
今回タイトルとして掲げた横っ飛びとはあくまで男の人生における
横っ飛びのことです
その前に、私の親父のことを少しばかり話しますと
広島湾に浮かぶ小さな島で生まれた親父は、極貧の中かつかつ中学
を卒業した後、2年ほどチンピラをしておりました
当時の広島といえばちょうど例の仁義なき戦いの最中で、日々ヤル
ことはたくさんあったようです
しかしその業界に骨を埋めるには一般的でない性根が必要であるこ
とに気付いた
親父は、自分にはそれがないということできっぱり足を洗い、電機
工事を主とする会社に転職したとのことです
この会社は働きやすく居心地のいい会社だったようで、足掛け3年、
屋根裏を這いずり回り配線工事等を行っていたようですが、なにせ
給料が安すぎて金を貯めることができず、このままではいつまでた
ってもオナゴ(因みにこのオナゴとは今のお袋のようです)と駆け
落ちする資金がたまらないということで一念発起し、当時は景気の
よかった親戚が経営する鉄工所へと転職しました
この鉄工所の給料が前職に比べてべらぼうに多く、わずか半年あま
りで駆け落ち資金が貯まり、この調子なら2、3年で家が建つどと
ヨダレを垂らす日々もつかの間
ある日いつも通りに出勤すると工場の大きな鉄門の前で工員が騒い
でいる
半ば興奮気味の工員を押し分けて中を覗くと警官と救急隊があわた
だしく動きまわっており、親父は警官のひとりを呼びとめ、工場主
は自分の親戚だと説明し中へ入れてもらった
この事件を詳しく書くのが今回の目的ではないので詳細は省きます
が、要は経営者夫婦が工場の中で刃物で惨殺されており、金目の一
切合切が盗まれていた
この事件を境に、鉄工所の経営は傾き始め、それから短期間の内に
倒産したようです
後年、親父は晩酌で気分が良くなるとこの事件の詳細をチラシの裏
側に書き記し
「ここでマモルがやられとってのう、首はもうバックリよ、ほいで
ここらで女房が倒れとってのう、耳のここらから首の裏のここらま
でチャーッと・・・」
ここまで言うと決まってお袋がチラシをひったくるのが常でした
それはそれとして、この事件後、ある程度まとまった金を蓄えた親
父は、駆け落ちの作戦を必死で練りましたが、その作戦は主に酒場
や競艇場、パチンコ屋で練られたため瞬く間に貯金は底をついてし
まった(お袋いわく「ああなる思うた」とのことですが、しかしこ
ういうところがいかにも親父らしくて私は好きです)

※当初の予定から外れ、少し長くなりそうなのでここらでいったん
区切ります《つづく》

味のあるオヤジ  2010/11/25(木) 15:31:20
 私がまだゼニカネ言わぬ清い少年だった頃
自分の親父も含め近所や町内会(実際は本国に広く分布してい
たと思う)には味のあるオヤジがたくさんいた
一例を申すと、あれはまだ私が小学校の低学年だったと思うが
当時はまだ現在のようにサッカーやバスケだの、ましてせっか
く出かけてきた公園で各々が会話もせず下を向いてゲームに熱
中するような風景はなく、近所のハナタレどもは人数が集まれ
ば草野球、集まりが悪いときはいわゆる『壁あて』に講じてい

私の住んでいた家の斜め前には県立の歴史民族資料館なる格式
ある建物があって、周囲は一部を除いて目映いばかりの白壁で
あった
この一部がハナタレどもの壁あてによる軟式ボールの跡で年中
汚されていた
しかしそれを咎める大人などいないどころか、あろうことかそ
この館長は暇にまかせては我々を視察に訪れ、熱心に投球フォーム
について指導するのである
「ええか、これが江夏のカーブの握りじゃ」
とか言いながら見事にすっぽ抜けたボールで何度か瓦も割って
みせたりした
ほかにもこの類のオヤジはいくらでもいたが、今こんなオヤジ
がいたらマスコミや警察の美味しいエサになるのは目に見えて
いる
そんな彼らを“当時の風潮”、“それが許される時代だった”
などと一言で片付けるのは芸がない
ならばお前がそんな味のあるオヤジになれるかと言われればそ
れはそれで尻込みしてしまう
となると、彼らはやっぱり我々ハナタレからしてみれば真似て
もおっつかないスター的存在であるといえる
その味なるものは“今思えば”というのが前提とはいえ、では
今まさにオヤジの域に達した自分が、次世代が振り返った時に
味となるものを醸し出しているかといえば私にその自信はない

ギャンブル  2010/11/22(月) 16:17:01
 世に蔓延る“ギャンブル”なるものが私は好きだ
自らやるのも、勝った負けたで一喜一憂する人間を見るのも好きだ
そこで、ギャンブルについて一点のみ個人的な考察を述べるのであれば
近年のギャンブル(ここでは、あえて私が手を染めているか若しくは染
めたことのあるパチンコ、パチスロ、株、商品相場に絞りますが)では、
情報・統計・技術・経験など、そういったかつては勝つための源ととな
る素材が平成10〜15年頃を境にあまり役に立たなくなったように思
える
ではその時代の境に何があったか
専門的に分析すれば色々と要因はあろうが、要は、この国全体の経済的
なユトリを背景にギャンブルに参加する人と、自分の代で財を成すには
コレシカないと思い込む人、日々の金繰りの一環にギャンブルが絡み付
いて排除できなくなってしまった人の数がどっと増えたということであ
ろう
この“どっと増えた参加者”対“あらゆる分野の胴元”との攻防は、何
年巡り巡ろうと胴元の敗北という胸がスッとするようなことにはなりは
しない
結局、ギャンブルで勝つというのは結果を都合よく作り出せる胴元の調
整の範囲内での事象でしかない
つまりは、参加者と胴元とを媒体するものはどんどんと進化し高度化さ
れても、参加者からすればそれに比例するように丁半博打の域にどんど
んと押し込められているのである
ならば参加者は何を期待して挑めばよいのか
答えは簡単、胴元が想定していない事故・事件を期待しつつ勝てば存分
に散財し、負けた時は大いに荒れ狂えば良いだけだ
私の知人には、パチンコで負けて怒りが頂点に達すると、目は半目にな
り、台に痰を吐くのを挨拶がわりにコーヒーは注ぎ込むはハナクソはな
すり付けるは、挙句の果てはトイレでシ○シ○したナニをハンドルにナ
ニする奴がいる
彼は相場もやるが、私が知っているだけで少なくとも5台のパソコンを
殴り倒してあの世へ送っている
逆に勝った時は真夏の花火のようにパッと忽ちのうちに散財するのである
こういう人間は非常に気持ちが良い
ギャンブラーたる者、彼のように賭け事の根本をよくよく理解するべき
である
ただ単に丁半の運で振り分けられた勝ち負けに、高度で専門的な理由を
くっつけて自らを慰めているようでは一丁前のギャンブラーになれはし
ないのである

ヒロイモノ  2010/10/13(水) 17:15:16
 市電の駅のベンチに投げ捨ててあった雑誌を拾った
表紙にも目次にも興味をそそられなかったが
電車が来るまでとパラパラやるうち正岡子規の言葉を見つけた
「悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思って居たのは間違ひで、
悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きている事であった」
私めは目下ジリ貧であるので“貧乏臭い”などと言えたもんではないが、思わずそのページを破ってポケットに押し込んだ
出会いや巡り会いというのは、人と人、人と物、物と物だけじゃなくいろいろな形があると思うが、人と言葉もそのひとつであって、さらっと目でなぞっただけで妙に引っかかる言葉とのそれは一生のちょっとした事件だと思う
わずか800円足らずの拾った雑誌であったが、発見した私にも、時を経て発見されたこの言葉にも意味ある出会いをもたらしてくれたもんだ

うんと遠くへ  2010/10/08(金) 10:23:54
 仕事柄、雑文を書いたり、書物に目を通すことが多いが
『ブルータス、お前もか!』
これに勝ることばをわたしは知らない
この一文、凄まじすぎてひれ伏す以外にとる態度がない
わたくしめ、実はシェイクスピアの生い立ちや生涯、どころかその作品などほとんど目を通してない
というか、それを知る前にこの一文に出会ったためその気も必要も消え失せてしまった
たった一文が、物語のあらすじ、背景、根っこ、結末まで半ば強制的に、しかも極自然に理解させ
「これで分かったろう」、「もう全てを読む必要もなかろう」と、遠くへ突き放されたような気になったのである
音楽、映画、絵画、彫刻等々、『芸術』というのは極限まで分解すると、その奥底のそのまた奥底にあるのはきっとこういった単純なカタチ(一文)なのでしょうな
まったく話は離れてしまいますが『持ってヶ泥棒!』なんてのも やっぱり突き放しつつ人間の脳にしっかりと前後を想像させますな
特段含蓄があるわけでもなく座右の銘でもないのに 妙に力のあるコトバが世の中にはあるもんです

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