小説

ウォール街

 ケネス・リッパー

 文春文庫

   ISBN:4167275856
オリバー・ストーン監督の傑作映画のノベライズ版。 ノベライズというと薄っぺらなものが多いが、 この作品は純粋に小説として見ても面白い。 証券セールスマンのバド・フォックスは大相場師ゴードン・ゲッコーに憧れ、 自らも相場師として成功したいと望むが…。 人間は誰もがそれぞれ弱い部分を持っており、 それ故に人は惹かれ合い、また袂を分かつのだなとしみじみ感じた。 心と金、若さと老い、甘さと非情さ、外務員と相場師、などなど、 分かり易い対照の構図が映画には丁度良いのだろう。 クラウンジュエル、ホワイトナイト、ポズンピル、ゴールデンパラシュート、などなど、 敵対的買収に絡んで最近日本で良く聞く用語が沢山出てくる。 映画の上映が1987年なので、日本はアメリカに比べて20年は遅れているのかも。
希望の国のエクソダス

 村上龍

 文芸春秋

   ISBN:4163193804
現在の国家システムと教育制度が限界を迎え、日本中に閉塞感が漂う中で、 全国の80万人の中学生が登校を拒否し、独自のネットワークを構築して起業し、 地域通貨まで発行してしまうという話。 突拍子も無い話だが、有ってもおかしくないと思わせてしまうところが作者の筆力である。 社会は異質なものに対しては拒否反応を示す。 大人たちは、中学生達との価値観の違いに戸惑い、経験の無さを心配し、純粋な故の危うさを危惧し、 管理できないと見るや無視しようとする。 作中の中学生達を最近のIT企業家や相場で稼ぎまくる若者達に置き換えれば、 それはそのまま現在進行している状況に当てはまるだろう。 本書の中で大人たちが中学生達に対して感じる言い知れぬ不安は、 それはそのまま読み進む読者の不安へと反映される。 若者にとって希望を持つためのハードルが高くなり、社会の二極分化が進み、 その状態が極限に達した時にどのような動きが出てくるか。 その予想の一つが本書であると思う。 経済情勢や為替市場についての描写もリアルで、 相当に綿密な取材をしたのだと感じる。
東京ゴールド・ラッシュ

 ベン・メズリック

 アスペクト

   ISBN:4757210876
元の題名はUgly Americans(醜いアメリカ人)である。 邦題もそのままで良かったのではないか?  内容は、ウォール街での就職に失敗し、やっとのことで投資会社の日本支社で職にありついたアメリカ人青年が、 日本の商習慣やヤクザの介入などに戸惑いながらもトップトレーダーに成長し、 最後の大勝負で600億円ほど荒稼ぎして60億円のボーナスを貰って引退するまでを描いた物語である。 実話を基にした話だそうだ。 アメリカ人の側から見れば成功物語だが、日本人の立場からすると、はっきり言って胸糞が悪くなる。 日本人の無知に付け込んで収奪したというのが事実に近い。 それが資本主義だと言ってしまえばそれまでだが。 幕末に金銀比価の違いにより金が国外に流出した出来事が重なって見える。 日本人も賢くならねばならないという思いを強くした。
珈琲相場師

 デイヴィッド・リス

 ハヤカワ・ミステリ文庫

   ISBN:4151728538
舞台は17世紀のアムステルダム。 相場師ミゲル・リエンゾは砂糖の取引で大損し大きな借金を抱えていた。 彼はふとした事から、まだヨーロッパにはほとんど入って来ていないコーヒーという商品を知る。 コーヒー流行の兆しを感じたミゲルは、これで大儲けしようと企むが…。 協力者と裏切り者、大物相場師による妨害、彼がユダヤ人であることも様々な障害となる。 誰が味方か敵かもわからない状況でも自分の勘と推理を頼りに事実を見極めていかねばならない。 相場師というものの行動原理が良く表れていると思う。 どんなに苦境に陥っても前向きに対処していく主人公に共感を覚えた。 あと、時代考証が綿密でウソ臭さが無いのが素晴らしい。 あたかも当時のアムステルダムにいるような錯覚さえ覚える。
流星たちの宴

 白川道

 新潮文庫

   ISBN:4101422214
何をするにもまず金が要る。 夢を追い求めながらも金という壁に阻まれていた主人公、梨田雅之は、 引き寄せられるように投資顧問「兜研」に足を踏み入れた。 時はバブルの時代、いつしか彼は株に魅了され、株の世界で夢を追うようになって行く。 兜研の社長である見崎をはじめ、登場人物がみな個性的で魅力的。 白川氏のデビュー作ということで荒削りな所も目立つが、それを補って余りある迫力がある。 作者の経験に基づいた自伝的小説であるというのも生々しさを感じさせる一因であると思う。
兜町崩壊

 安田二郎

 サンケイ出版
兜町崩壊という題であるが、株式市場が崩壊するという話ではない。 時代は昭和50年代。大手証券会社による寡占化に、 大阪の天王寺証券東京支店長の五代信一郎は危機感を募らせていた。 誠備グループの加藤嵩の逮捕も彼にとっては当局による株式市場への不当な介入に感じられる。 このまま株式市場の死を座視していて良いものだろうか?  五代は北浜の中小証券を糾合し、 共同で「大阪総合研究所」を設立して東京の大手証券に立ち向かう事を決意した。 かくして東京の兜町は崩壊し、大阪の北浜が堂島米会所以来、再び市場の主役になるだろう(という話)。 今読むと、兜町と比較して北浜の衰退が著しいだけに侘しさを感じる。 小説のラストも侘しさに輪をかける。
見切り千両

 梶山季之

 集英社

   ISBN:4087507599
祖父は大地主であったが、番頭が印鑑を持ち出して堂島で米相場を張ったため破産して割腹自殺。 父は相場師として良い時もあったが仇敵にやぶれ急死し、仲買店を経営していた叔父も自殺。 そんな家庭環境で育った辰彦は、やはり血は争えないと言うべきか、いつしか相場を張るようになり、 一家を崩壊させた仇敵への復讐を誓う。 痛快な通俗小説という趣である。最後の海外編は要らないような気もするが、 天才的な主人公であっても、目的を達成し安逸な日々を送るようになると見切り千両が出来なくなるという所が、 人間性を感じられて良い。 そもそも、復讐を遂げた時点で終わらせるとあまりに殺伐とした小説になってしまう。
波のうえの魔術師

 石田衣良

 文芸春秋

   ISBN:4163202803
ジャンルとしては金融サスペンス小説といったところか。 就職浪人中の主人公は、怪しげな老人に見込まれ、秘書として採用される。 新しく開けた世界。そこで彼が目にしたものは、めくるめくマーケットであった。 スピーディーな物語展開に、ラストにも一波乱あり読後感は爽やか。 それにしても、場帖を書いて変動感覚を養うとか、 そういう話が普通に展開されていて微笑ましい。
東京外為市場25時

 大下英治

 徳間文庫

   ISBN:4195774934
主人公の北原一輝は政治家志望だったが、ふとした切っ掛けでディーラーの世界に踏み込んだ。 彼は、兄弟分でもありライバルでもあった海部一義を抜き、 ついに日本一のディーラーに登りつめた。 この小説は一応はフィクションになっているが、最後の主人公が没落する点を除くと全部実話である。 主人公のモデルは中山茂氏、海部一義は堀内昭利氏だそうだ。 ディーラーの高揚感と苦しみなどがリアルに描かれていて、門外漢でも為替の世界を垣間見る事ができる。 ただ、最後に主人公が慢心のあまりポジションを放りっぱなしにする所には少し違和感を感じる。 いくら慢心していても、相場の中で生きて行く人間は、自分というものを相場の中で評価せざるを得ないからだ。 この本を読み終わった後、思わずゼネックスの「市場の神々」を読み直してしまった。
スクウィーズ

 徳本栄一郎

 講談社

   ISBN:4062097850
住倉物産の非鉄トレーダー上杉健二は世界の銅取引に大きな影響力を持ち、5%の男と呼ばれていた。 華々しい外見とは裏腹に彼は莫大な簿外損失を膨らませていく。 グローブ通信特派員の根本は、住倉の損失が仕組まれたものであり、 背後に大きな陰謀があるのではという疑念を抱き取材を始めた。 この物語は言うまでも無く、住友商事の銅巨額損失事件の話である。 物語の最後で、主人公の根本はシティからの圧力に対し、 全ての人名と社名を仮名にして小説として出版する事を決める。 その小説こそが、この小説じゃないかと(私は)思う。
悪徳株式会社

 大下英治

 徳間文庫

   ISBN:4195773881
豊田商事の永野会長をモデルにした小説。 ひたすら虚業に突っ走って行く様子がすごい。 彼は商品の外務員をやっていた時代もあり、金のペーパー商法で騙し取った金を相場につぎ込み、 金屋の玉三郎といわれていた。もっとも、ほとんど負けていたようであるが。 作中には、本忠筋の本田さんとか、投資ジャーナルの中江滋樹氏も出てくる。 小説では主人公は影谷という名前になってるが、誤植だと思うが一ヶ所だけ永野のままになっていた。
最後の相場師

 津本陽

 角川文庫

   ISBN:4041713013
最後の相場師といわれた是川銀蔵氏の物語である。 何十億と儲けてもほとんど税金に取られていく状況で、大きな勝負をし、 勝利を掴もうとする執念はどこからやってくるのか?  戦争中は鉱山開発、戦後の食糧難の時代には二期作の研究、 株で儲ければ福祉財団の設立、などなど、 この人にとっては公益と私益の区別は大して重要ではなかったのかもしれない。 登山家が山に登るように、何かを為すこと自体に意味があったのだろう。 是川氏は、亡くなられた後には借金が残ったらしい。熱い人生である。
仕手相場

 こずかた治

 徳間文庫

   ISBN:4198900221
仕手相場という題名であるが、これは華々しい仕手戦の小説ではない。 相場師たちの仕手戦に振り回される会社側の悲哀を描いた小説である。 仕手戦で敗北を喫したコブラの星正こと星田は、所有する大桑商事を売り渡して再び仕手を張ろうとする。 大桑商事の新社長としてオーナーから送り込まれてきた森田は星田たちの動きを極力抑えようとするものの、 徐々に仕手戦に巻き込まれてしまう。 業界のドロドロした部分がこれでもかというほどに書かれており、 あまりにリアリティーがありすぎる。
続仕手相場・会社清算

 こずかた治

 徳間文庫

   ISBN:4198903611
仕手相場の続編である。 星田の仕手戦に巻き込まれ、大桑商事は会社消滅の危機に瀕した。 様々な人間が甘い汁を吸おうと大桑商事に群がってくる。 身内といえども裏切り者ばかり。 そんななか、雇われ社長の森田は事態を収拾しなければならない。 商品業界における、お金に対するルーズさというものがよくわかるが、 体質としては今も変わってない部分はあると思う。
小説ヘッジファンド

 幸田真音

 講談社文庫

   ISBN:4062639939
世界の市場に大きな影響を与えるDファンド、その実態は代表者の国籍さえ不明で闇に包まれている。 下位都銀の為替ディーラの岡田は、あるきっかけでDファンドと関わりを持つ事になる。 内容としてはディーリング讃歌的な内容でいまいち面白味に欠けるように思う。 具体的な売買内容が見えてこないせいだろうか。
赤いダイヤ

 梶山季之

 集英社

(上)ISBN:4087481263
(下)ISBN:4087481271
商品相場の代名詞ともなった赤いダイヤ、その元となった伝説的な小説。 長らく読みたいと思いつつ手に入らなかったが、 集英社から復刻されたのを知って早速読んでみた。 相場の神様、山崎種二氏と吉川商店・三菱商事連合の壮絶な仕手戦がモデルとなっており、 当時の罫線を見ながら読むとまた面白い。 主人公、木塚慶太の波乱の人生を通じて、 人々を引き寄せてやまない相場の魔力が生き生きと伝わってくる。 やはり売りより買いの方が小説向きなのだろう。 買いはお祭り、売りはビジネスだと思う。 それにしても、当時の小豆の罫線も凄いけど、乱手や空荷証券など、 昔の相場って今とは桁違いにドラマチックだったんだねぇ。
欲望と幻想の市場

 エドウィン・ルフェーブル

 東洋経済新報社

   ISBN:4492061118
伝説的な相場師、ジェシー・リバモアの波瀾万丈の相場人生を描いた作品である。 人間の欲望が渦巻く相場の世界にあっては値段だけが全てであり、 成功するためには常に正しいポジションを持たねばならない。 リバモアはそのように述べているが、 彼自身といえども人間的な弱さからは自由ではいられないのである。 しかし自分の過ちを率直に認める所に非常に共感が持てる。 この小説は、リバモアの成功と失敗の物語という一面がある一方で、 市場とは何かという問いについて答えてくれる金言集にもなっている。
日本国債

 幸田真音

 講談社

 (上)ISBN:4062099551
 (下)ISBN:4062104822
総額600兆円を越える長期債務の今後は? 国債大量発行時代に苦悩する人間ドラマを描いた傑作である。 未達発生やシ団廃止など、 この小説の中で描かれた出来事がその後に現実化するのを見てかなり驚いた。 それだけ著者の洞察力が優れているということなのだろう。
俯き加減の男の肖像

 堺屋太一

 新潮文庫

   ISBN:4101491100
元禄のバブルが終わり迎えた宝永、享保の時代。それは、いつ終わるとも知れない「下り坂の時代」であった。 そんななかで、非成長時代の哲学を模索しながら「俯き加減に」生きた人々の物語。 決して華々しい小説ではないが、世に出すにふさわしい時期を探るため、 バブル期から12年も出版を思いとどまったという元経済企画庁長官の入魂の作。 この本が出た後も、経済規模の縮小やデフレなど、やけに現代に重なるものが多い。 ただ、相場をやるものとしては、やはりかつての熱狂の時代の再来を願わずにはいられないもので、 納得は出来るが共感はそれほど感じない(バブルの時は学生だったのであまり関係は無かったけど)。
大君の通貨

 佐藤雅美

 文藝春秋

   ISBN:4163191208
幕末、海外列強が日本へ進出した際、日本と世界の金銀比価の違いから莫大な量の金が海外に流出した。 これは幕府政府の無知が原因といわれているが、はたしてそうだったのであろうか? 江戸時代の特殊な通貨事情に鋭いメスを入れて全容を解明する。 通貨はなぜ通貨たり得るか、その価値はどのようにして決まるのか、など、 普段あまり意識する事のない事柄について考えさせられる労作である。 小説としても非常に読みやすく引き込まれる。
告訴せず

 松本清張

 光文社
私が初めて商品先物というものの存在を知った記念すべき本。 主人公の木谷はふとした気の迷いから選挙資金三千万円を持ち逃げし、 それを元手に小豆相場に参戦するが…。


目次へ