先物日記

普通の日記です。
主に先物関係の雑感が中心ですが、関係ない事も書くかもしれません。

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一言:ちょっとずつ思い出しながら書いてます



2010年9月6日

昼頃に中部国際空港に到着。名鉄で名古屋駅まで行き、寿司を食べた。やっぱり日本の食べ物は良い。
金沢へは高速バスで帰ろうと、バスの窓口でチケットを購入。 海外でのクセで、カードでお願いします、と当然のようにカードを出したら、 現金しか駄目ですと言われた。一瞬、ここはどこの後進国やねん、と思ったが、まぁ仕方が無い。 夕方に自宅に戻ってきた。



2010年9月5日

朝起きて出発。ドナウ河を渡り、Karlovo namesti駅から地下鉄でDejvicka駅へ。 さらにバスでルズィニエ国際空港へ。空港では野良無線LANがあったので接続。 街中でも野良無線LANが結構あって、タダで接続できることが多かった。いい加減だなぁ。

コードシェアのチェコ航空でヘルシンキへ。 乗り継ぎ時間が短いのに、出国審査に長蛇の列で、間に合わないかと思った。 ヘルシンキからフィンランド航空で名古屋へ。

帰りの飛行機で観た映画:「ラストキング・オブ・スコットランド」、これは凄い映画だ。 特にアミン大統領の迫力は異常。 「ロマンシング・ストーン」、くだらん、けど面白くないことはない。 「グリーン・ゾーン」、これはなかなかの問題作である。 イラクの大量破壊兵器にからんだサスペンスアクションという感じか。 映画で語られる主題については肯定的にも否定的にも評価できそうだが、 少なくともアクション映画として観れば面白いのは間違いない。



2010年9月4日

昼過ぎで仕事も終わり、まずは今夜の宿へ。昨日までの宿は出張先の人が手配してくれたのだが、 今晩の宿は自分で予約したのである。イラースクーフ橋を渡ってドナウ河を越え、ホテルに到着。 しかし扉が閉まっている。ベルを鳴らすと男の人が出てきて、今日は泊まれないと言う。 近くに別のホテルがあり、事情は話しておくからそっちへ行ってくれと言われた。 不安を感じつつ言われたホテルに行くと、ちゃんとチェックインすることが出来た。 場末のビジネスホテルみたいな所で、いまいちだったが。 しかも、予約したホテルは朝食付きなのだが、こちらはどう見ても食堂らしきものが無い。 文句を言おうかと思ったが、海外では色々なことが起きるもので、 いちいち文句を言っていたらキリが無いし、気にしないことにした。
再びイラースクーフ橋を渡り、地下鉄のKarlovo namesti駅で市内交通機関の24時間チケットを買い、 ヴァーツラフ広場へ。屋台で買ったチキンバーガーを食べながら聖ヴァーツラフ像に向けて歩く。 プラハの春で戦車が乗り入れ、1989年には民主化デモの中心地になったことを思うと感慨深い。 そこからAlfons Mucha美術館を観て、ドナウ河まで歩いてカレル橋を渡り、プラハ城の周辺まで歩いた。 歴史を感じさせる街並みが素晴らしい。 カレル橋の端の塔で楽隊が演奏していた。しばらく橋の欄干にもたれかかって聴いた。
プラハ城を観る時間が無かったのが残念。次の機会に取っておくことにしよう。 ホテルの近くの大型スーパーTESCOで、お土産と缶ビールとサンドイッチを買い、 ホテルに戻って食べて飲んで寝た。



2010年9月3日

チェコの人は気のいい人が多い。 午後に仕事があっても昼飯で必ずといっていいほどビールを飲む。つられて自分も。 晩は飲むと自然とみんなで歌い出す。そして終わりが無い。
偉い人は演説は長ければ長いほど良いと思っている節がある。社会主義時代の名残かも。 飯は日本人には合わないような気がする。少なくとも自分はちょっと暮らすのは辛いかも。 仕事はほとんど終わったので、明日は午後からプラハ市内を観光できると思う。



2010年9月2日

概ね仕事。ひたすらホテルと仕事場を往来するのみ。 ただ、昼休みに近所で骨董屋さんを覗いたり土産物屋で土産を買ったりした。

こんにちは:ドブリーデン
おはよう:ドブレリャーノ
ありがとう:ジェクユヴァーム
この3つでかなりフレンドリーに過ごすことができる。 でも普通の人でも大概は英語が通じる。

体調を崩した。チェコの飯はいまいち。肉とポテト。That's all.



2010年9月1日

やっと仕事が一段落した。忙しくてまだどこも観光してない。

プレゼンで、ツカミを二ヶ所に入れたら、一ヶ所はスルーされたがもう一ヶ所はウケた。 あと、真面目な主張の所でなぜか一ヶ所ウケた。以前は結構、 最初から最後まで淡々と真面目に説明することが多かったのだが、最近こういうのも大事だなと感じる。



2010年8月31日

ホテルから出張先へ歩きながら街中を観察したが、工事現場や建築現場はかなり適当な感じを受ける。 みんな朝早くから働いているのだが、休み休みダラダラやってる感じで、緊張感が感じられない。 チェコは昔は有数の工業国だった筈だが、その面影は全く見られない。 こっちの人も、チェコ人はゆったり働いてるけど、中国人は月曜日から日曜日まで朝から晩まで働くから、 どんどん中国人に仕事を取られているという。
昼飯は、もう既にチェコ料理に飽きて中華へ。中華料理はどこの国でも比較的安心して食べられる。

午後も仕事。晩はチェコ料理のお店へ。やたらと日本語の上手な店員さんがいてびっくりした。 イントネーションが日本人と変わらなかった。 豚足の何かを頼んだら、豚の足が付け根から先まで全部出てきてびっくり。 とてもじゃないけど食い切れない。一緒に行った人に手伝ってもらって何とか食べたが、 いい加減うんざり。しかし肉自体はかなり旨いんだよなぁ。



2010年8月30日

朝食を食べてから出張先へ。出張先はKarlovo namestiの辺りで、ホテルからは歩いて10分ほどである。 午前中は仕事、昼食は近くのチェコ料理の店へ。チキンとポテトの何かの料理を食べたが、 なかなか美味しい。チェコのビールも美味い。 というか、こっちの人は普通に昼食にビールを飲んでいる。
午後も仕事。晩はこっちの人達が歓迎会を開いてくれたが、料理の量がとにかく多い。 肉は鶏も豚も牛もとても美味しい。ただ、今日の昼と夜で大体わかったが、 こっちの料理は基本的に、肉、ポテト、肉、ポテト、肉、ポテト、である。 結構ビールを飲んでしまった。



2010年8月29日

早朝、名鉄で中部国際空港へ。常滑から空港島へ渡るだけで300円か。高いな。

フィンランド航空の飛行機に乗り、 ヘルシンキでコードシェアのチェコ航空に乗り継いで、プラハに到着。 空港からバスと地下鉄を乗り継いでプラハ市内のホテルに到着。 今から外に食べに出るのも様子がわからないし、疲れもあったので、近くのスーパーに行き、 長いパンにハムとか卵とかピクルスとかが挟まれたサンドイッチと缶ビールを買ってきて、 部屋で食べた。この手のサンドイッチの美味しさは日本とは比較にならんね。
時差もあり、ビールを飲んだらすぐに寝てしまった。

今回、フィンランド航空に初めて乗ったが、かなり良い。日本から乗り継ぎのヘルシンキまで距離的に近く、 9時間で着くというのが素晴らしい。プレゼン資料を作って映画を見てそれから少し寝たら着いてしまった。 10時間以上飛行機に乗ってると疲れるからねぇ。 シャルルドゴールやヒースロー経由だとかなりの大回りになる。

飛行機の中で観た映画:「Butch Cassidy and the Sundance Kid」(邦題:明日に向って撃て)、 これはとても良かった。いわゆる古典だが、観るのは初めてである。 「ブレイブハート」、英語があまり聞き取れず、よく分からなかった。 後半、寝てしまって、気がついたら最後の方の戦闘シーンだった。



2010年8月28日

結局、気に入った旅行鞄は見つからず、古いやつに荷物を詰めて出発。 特急で名古屋に向かった。名古屋駅に着いたら、 松坂屋の名古屋駅店が明日で閉店ということで閉店セールをやっていた。 旅行用品の店で、良さそうな鞄が1万円で売られていたので、これはいいと購入。 ハンドルを伸ばせばキャリーバックになるし、ハンドルをしまえば肩掛け鞄になる。

今日は姉貴募集さんとお会いすることになっていて、大名古屋ビルヂングの前で待ち合わせであった。 アストンマーチンで現れたのですぐにわかった。 姉貴さんは気難しいオヤジというイメージを持っていたが、お会いしてみると全然違い、 若々しくて親しみやすい人であった。 やはり人とはネット上だけではなく、実際に会ってみることが大事だと思う。
しばらくのドライブののち、姉貴さんのプール付きのマンションに到着。 家に入ると、玄関から居間から台所まで、ひたすら絵、絵、絵、である。 絵は、ちゃんとバランスを考えて飾られていて、それぞれがあるべき位置に配置され、 落ち着く空間が形成されている。 わざわざ取り寄せていただいた食事をいただきながら、色々なことを話した。 息子さんとも少し話をしたが、若干、姉貴さんの影響力が強過ぎるのが気になるといえば気になる。 子供が大人になるには親を乗り越えねばならないが、姉貴さんが親だと少しハードルが高そうだからね。 しかしそれは子供自身の問題であって、親が手加減するわけにはいかない。
最後は、常滑のホテルまでいただいた。楽しいひとときを過ごさせていただき、 色々とありがとうございました。



2010年8月27日

明日からチェコに出張なので、その準備など。

旅行鞄が古くなってきたので買い換えようと思うのだが、なかなか良いものが見つからない。 飛行機で荷物を預けるのが嫌なので、持ち込み可のサイズで、 しかもスーツケースじゃなくて肩からかけられるやつがいい。 しかし、ある程度の大きさ以上のものは、スーツケースかキャリーハンドルで引いていくやつしか無い。 普通のボストンバッグのでかいやつが欲しいのだが…。



2010年8月26日

スタジオに子供の写真を撮りに行ってきた。 メモした住所を見せたのに、タクシーが迷ってしまった。無線で聞けばいいのに。 常々感じているのだが、ほんと、金沢のタクシーのレベルの低さにはうんざりする。 大阪なんかだと考えられない事が頻繁に起きる。
写真は一応は撮ってもらったが、ぐずってしまってあまり良い表情は撮れず。 まぁ、親のエゴだな。まぁ、後から親が見て楽しむにはよいが。

その後、出勤。



2010年8月25日

朝から会議など。晩は株式トレーダーの人達と定例会。 苦戦している人が多いようで、自分もなかなか株には踏み切れない。 商品は需給要因をかなり重視するが、株の需給は信用できないから、 システムトレード的なアプローチで取り組むしかないと思っているのだが。

介入について、続き。円売り介入して溜まった外貨で政府が金を買うというが良いと思う。 しかしこれは、あまりやりたがらないだろう。 介入の資金は政府が短期証券を発行することによって調達される。要するに借金である。 介入で溜まった外貨で米国債を買えば、金利差により目先のキャッシュフローはプラスになる。 しかし金を買ってしまうと、有利子で借金をして利子の付かない金を買うことになるので、 キャッシュフローがマイナスになり、現在の財政状況では歓迎されない。 しかし実際は、金利差はインフレ率の差に連動するので、金利が高い通貨はその分だけ減価が速く、 実は金利差によるキャッシュフローは幻である。 ド素人のスワップ狙いの外貨買いと同じ思考パターンだと言える。
政府が金を買うのではなく、民間の輸出企業に金買いを推奨するのも一案である。 しかし、政府が表立って金を買えというのは、自国の信用が無いと言っているのと同じで、 なかなか言い出し難いものがある。



2010年8月24日

久しぶりに朝から仕事である。夏休みもそろそろ終了だ。

円高が進んでいる。円売り介入をやれという意見が出ているが、 そもそも輸出超過の国の通貨が上昇し続けるのは当たり前の話である。 貿易収支が黒字であり続ける限り、日本企業には際限なく外貨が溜まって行き、 外貨を円に両替するために円は買われ外貨は売られる。 政府が介入したところで、 溜まった外貨を抱える先が民間から政府に変わるだけで長期的には何の解決にもならない。 ノウハウがあれば外貨準備でアメリカの不動産でも買えば良いんだろうけど、 現状では紙屑になりかねない米国債を買うしかない。 そもそも現在の財政状況では介入余力も限られているので、無闇に介入して余力を使い切ると手が無くなる。 最終的に輸出産業が壊滅して輸出と輸入が均衡するまで円高は進む。神の見えざる手である。 輸出産業を潰したくなければ、輸出に見合った分だけ輸入を増やすしかない。 もしくは、溜まった外貨を円に両替する意欲が無くなれば円高も止まるだろう。 日本の財政赤字が爆発したときにはそうなる。



2010年8月22日

織田裕二が結婚。ゲイじゃなかったのね。



2010年8月21日

子供の髪の毛も赤ちゃん用石鹸で洗っていたのだが、ちょっときしむ感じがするので、 シャンプーを探しに再び、あかちゃん本舗へ。沢山ある中から、一番添加物が少ないものを選んできた。 また、布おむつを洗濯するための蛍光剤の入っていない洗剤も購入した。
シャンプーは、使ってみた感じは悪くない。 それにしても、娘はお風呂が大好きなようで、お湯に浸かると気持ち良さそうな顔をする。 お湯が目に入っても目をパチパチさせるだけで全然ぐずらない。 お風呂や温泉が好きな子供に育ちそうである。



2010年8月19日

ゴムがよく上がる。ここ最近、連日のようにゴム売り金買いを増し玉している。



2010年8月18日

K・W・ジーター「ドクター・アダー」を読んだ。あまりに内容が過激なため、 いくつもの出版社に持ち込むものの10年以上も出版を断られ続けたという曰く付きの作品ということだが、 今読むとそれほど過激とも思えない。 ただ、この小説が書かれたのが1972年という事実を考慮すると驚異的である。 肉体改造、ドラッグ、倒錯、カルト、○○○、×××、…、と、最初から最後まで猥雑と退廃の極みで、 ひたすらぶっ飛んでいるんだが、不思議と、主人公から雑魚キャラに至るまで、 登場人物がみんな血が通っていて生き生きしている感じを受ける。著者の筆力のなせる業なのだろう。 原書を読むと衝撃はもっと凄そうである。恐らく日本語訳は表現が相当マイルドになっていると思う。



2010年8月17日

出勤するも休み明けで仕事はあまり無い。早めに帰宅。



2010年8月16日

夏休みなので自宅でゆっくり過ごす。

子供のために、竹ひごと糸でモビールを作り、 折り紙で風船と手裏剣と折鶴と座布団を作ってぶら下げた。 でも、まだあまり興味は示さないようだ。 今後は多面体とか、色々と幾何学的なものを作って目の付く所に置いていく予定。



2010年8月15日

太ももの筋肉痛で歩くのもままならない。 山に行っている間にTOCOM指数の買い増しが成立していた。 今年の儲けは現在のところ407万円ほどである。

終戦記念日である。ここんとこ、菅首相が日韓併合100年を受けて談話を発表したり、色々と動きがある。 日本のアジア侵略の功罪など、善悪の問題はとりあえず脇に置いて、 身も蓋も無いことを言うと、結局は、何が悪いかというと負けたから悪いということになる。 日本人の感覚としては、敵味方に分かれて戦っても戦いが終われば水に流して仲良くやる、 というのが当然のように思えるが、それは島国の中の身内の論理である。 国際社会は全く異なった論理で動いているということを知らねばならない。
勝者は正義であり、敗者を蹂躙するのは勝者の当然の権利であり、 戦後にどれだけ国力が変化しようとも、勝者と敗者という序列は変わることが無い。 それほど勝敗は決定的なものなのである。よって、国際社会の論理によれば、 日本はいつまでも謝罪を続けて当然であり、アメリカが原爆投下を謝罪する必要は無い。 欧米の植民地支配は糾弾されることは無いが、日本の植民地支配は断罪され続ける。 また、日本が国連にいくら資金を拠出しても、決して常任理事国にはなれないのである。 第二次大戦は連合国(United Nations)と枢軸国(Axis Powers)の戦いであった。 現在のUnited Nationsを国際連合と訳するのは欺瞞以外の何物でもない。
ドイツとイタリアは、EU統合に参加することで勝ち組と融合する道を選んだ。 日本はアメリカに従属することで国際的な地位を保つ道を選んだ。 日本の戦略は、ある程度は上手く機能したが、 国際社会における敗戦国という地位が解消されたわけではない。 結局、いくら奇麗事を言っても、実際は国際社会というものは野蛮なもので、 猿山における順序付けと変わらないのである。 戦争で序列が決まり、その序列は次の戦争が終わるまで変わらない。 はっきり言うと、次の世界的な戦争で勝ち組の側に立つまで、 世界における日本の扱いは変わることは無いだろう。 まぁ、もし次に世界大戦があれば核兵器の応酬になるだろうから、 相討ちになって世界中が壊滅し、勝者も敗者も無いかもしれないが。



2010年8月14日

朝起きたら、雨。もう一泊粘っても構わない予定だったのだが、 予報によると翌日もあまり良くなる雰囲気ではなかったので、 今回の山行の目的である、奥穂−西穂縦走は断念することにした。 難ルートなので、天気が良く、視界があり、風が無く、道が乾いている、 という条件が全て満たされないと決行はできない。また来年挑戦することになるだろう。
奥穂の山頂を経由して岳沢ルートで降りたのだが、相当にきつい。 昨年、このコースを登ったとは信じられないくらいである。 正午頃に上高地に着いたのだが、下りるまで雨はずっとザザ降りであった。途中、また雷鳥を見かけた。
着いたときにはもう膝がガクガクで、使いものにならない感じである。 どうも体力がかなり落ちているようだ。
バスの切符を買おうとしたら、一人3000円で交渉してみるので松本までタクシーに相乗りしませんか?  と声をかけられた。もちろん異存は無い。というか、こんな手があったとは。 誘ってくれたのは若いカップルである。カップルで山登りとは羨ましい。 聞くと、ずっとテント泊だそうだ。山に行くと、何日も風呂に入れないし、 テントだと雨が降って水浸しになったり、虫もいるし、 なかなか女性でそこまで本格的に付き合ってくれる人はいないだろう。極めてレアなケースだと思う。
既にあと一人、相乗りする人は見つかっていて、5人で15000円ということでタクシーとも交渉成立。 市内へ向かった。自分は帰る前に風呂に入りたかったので、信州健康ランドで降ろしてもらった。
温泉に浸かって垢を落とし、村井駅から松本へ、松本からは大糸線経由で金沢に帰ってきた。

行きに松本駅の本屋で「シャクルトンに消された男たち」(テイラー・ルイス・ケリー著) という本を見かけて気になっていたので、帰りに松本駅で途中下車して購入した。 帰りの電車の中で読んだのだが、衝撃的な内容であった。 失敗に終わったシャクルトンによる南極大陸横断、その陰に、ロス海から南極点付近まで、 反対側から横断してくるシャクルトンのために補給所を設置するという任務を帯びた、 ロス海支隊の存在があった。 シャクルトンの本隊は、氷に阻まれて南極大陸に上陸すらできなかったのだが、 同時に南極に向かったロス海支隊はその事実を知るすべもない。 想像を絶する寒さと吹雪、雪による反射光で目をやられ、壊血病と凍傷で身体はどんどん蝕まれていく。 そりを引く犬も次々と死に、最終的には人力で荷物を運ぶことになってしまった。 補給所間を何度もピストン輸送しながら食料を運ぶのだが、彼ら自身も食料を消費してしまうので、 南極点に近付くほど、まとまった量の物資を運び込むのは難しくなる。 よって、大量の物資をできるだけ一度に運び、 食料を節約するために飢えに耐えながら過酷な労働に従事することになる。 この筆舌に尽くし難いほど困難な任務を遂行するロス海支隊は、メンバーも寄せ集めで統率が取れず、 リーダーも資質に欠けていた。 そのような悪条件にも関わらず、任務を諦めようというメンバーは一人もいなかった。 彼らはただ、シャクルトンを飢えさせてはならないという強い使命感によって、 補給所の設置をやり遂げたのである。
無理に無理を重ねたため、任務達成後、3名が力尽き、帰らぬ人となってしまった。 メンバーには、学者は医者や牧師など、いわゆる肉体系ではない人達もいたが、彼らも自ら進んでそりを引き、 補給所を設営するなど、重労働に参加した。 人間は、自分だけの利害に関わることは簡単に諦めてしまうが、自分達が他人の生死を左右するとなると、 こんなにも頑張れるものなのかと思う。人間の底力の凄まじさを感じさせられた。
シャクルトンはロス海支隊にも度々言及しているので、シャクルトンに消された、 という題名は不適当な気がする。シャクルトンの陰に消えた男たち、くらいの方が実情に近いと思うが、 自分はこの題名を見て、ぎょっとして手に取ったわけなので、商業的にはこの題名で正解なのかもしれない。



2010年8月13日

朝起きると、晴れ間は無いが、雨は上がっていた。涸沢で朝ご飯を食べた。 子供がある程度大きくなったら、妻と子供を少なくとも涸沢くらいまでは連れてきたいものである。 涸沢からザイテングラートを経由して穂高岳山荘へ。 涸沢からそれなりにかかるかと思ったら、拍子抜けするくらいすぐに山小屋に着いてしまった。 まぁ、穂高に登るには一番軟弱なルートなので、こんなもんだろう。途中、雷鳥を見かけた。 穂高岳山荘に着いたのが午前10時くらい。後は明日に備えて、体力温存のためひたすらダラダラしていた。
山小屋の石垣はさすがにきっちりと作ってある。コンクリートの剥離も無く、見事である。 まぁ、いい加減に作ると命に関わるからね。
山荘のテラスから雄大な光景を眺めつつ友人と語り合い、日が暮れてからは、 ビッグコミックオリジナルで連載中の「岳」の単行本が置いてあったので読み、 晩飯を食い、眠りについた。



2010年8月12日

早朝に金沢を出て、特急はくたかで直江津へ、直江津から妙高で長野へ、長野から特急しなので松本へ。
松本駅で大阪からの友人と合流。松本電鉄とバスで上高地へ。 着いたら、去年と同様、また雨である。嫌になっちゃう。 明日には晴れることを期待して歩き始める。
夕方7時くらいに横尾山荘に到着。ここは風呂もあるので、山小屋という感じはしない。 風呂に浸かって晩飯を食い、早々に布団に入った。



2010年8月11日

相場の調子はいまいち。 明日から日本アルプスだが、台風も過ぎて天気には恵まれそうである。



2010年8月10日

横山秀夫「クライマーズ・ハイ」を読んだ。もの凄い臨場感だ。 「半落ち」とは比べものにならない出来ばえである。 著者の新聞記者時代の経験を元に書いた小説だそうだ。

お風呂の後、子供の手が紫色になるのが少し気になる。 おそらく、風呂で身体が温まると、体温を上げる機能が休んでしまい、 風呂から出てもすぐには回復しないのだろう。



2010年8月9日

朝から夕方まで仕事。しかしこれで、ひとまず夏休みモードに突入である(実際の休みは12日からだが)。

子供のお風呂は、しばらく小さめの衣装ケースで代用していたが、いくらから試行錯誤した結果、 空気で膨らますお風呂を買ってきて、衣装ケースと併用し、二槽式にすることにした。 まず、空気で膨らませるお風呂で頭や身体を洗い、最後に衣装ケースの方でゆすいで引き上げる。 首がまだ座ってないので、背中を洗うのが結構難しい。



2010年8月8日

今週、日本アルプスに行くので、足慣らしに医王山系へ行ってきた。 まずは、山側環状から県道27号線をひたすら富山方面に向けて歩いた。 位置的に、どこかで医王山ビジターセンターに入る道があるのはわかっていたので、 特に下調べはせずに行ったのだが、歩けど歩けど車道が続くばかり。 途中で飲み物も尽き、最悪の場合は川の水を飲むかヒッチハイクで自販機のある所まで乗せてもらうか、 と思いつつあったところで、田島町の集落に行き当たり自販機を発見した。 その場で500mlのペットボトルを一本一気飲みし、さらに3本買って先に進んだ。
医王ダムを越えたところで、ようやくビジターセンターへ入る道を見つけた。 そこから先がまた長い長い上り坂である。 途中、毛虫が大発生していて道が足の踏み場も無いくらいになっている所があった。 カラスアゲハも見かけた。そうこうするうちにビジターセンターに到着。 自宅からここまで25Kmほどだろう。しばらく休んだ後、山道へ。 大沼を通り、三蛇ヶ滝で素足を水に浸けて休む。水が冷たくて気持ちよかったが、 アブが始終まとわりついて刺したりして鬱陶しいので、早々と退散。 こいつらがいなけりゃもっと長居したのだが。
そこから鳶岩へ登り、見上峠?へ下りた。途中で茂みからガサガサ言う音が聞こえたので、 熊じゃないかと警戒したが、カモシカであった。 見上峠に着いた途端に激しい雨になった。 山歩きの途中で会い、駐車場で再会した親切な方が車で自宅まで送ってくれた。ありがたい。 とりあえず今日は35Kmくらいは歩いたかな。
家に帰って窓から外を見ると、二重の虹が出ていた。



2010年8月7日

子供のお尻を拭くのに使っているウェットティッシュが気になった。 そもそも自分は普段でもウェットティッシュを使うのにはもの凄く抵抗がある。 あんな湿った状態でずっと外気に曝されているのに、雑菌が繁殖するわけでもカビが生えるわけでもない。 おそらく相当強力な化学薬品が含まれているだろうから、子供の肌に良いわけがないと思う。 ネットで調べると、やっぱりみんなそういう懸念は持っていて、あかちゃん本舗の「水99%のおしり拭き」 という商品が人気だということがわかった。
で、さっそく金沢のあかちゃん本舗に行ってきた。 最初、その「水99%のおしり拭き」を買おうとカゴに入れていたのだが、よく考えてみると、 水99%というのは他の成分が1%は含まれるということで、 化学薬品の濃度としては決して低いというわけではない(他の製品よりは低いのかもしれないが)。 結局、お尻は脱脂綿を水で濡らして拭くのが一番だろうと思い、外出したとき用に、 脱脂綿を水で濡らしたものを個包装でパックされているものを買ってきた。 あと、ボディーシャンプーも化学薬品が気になったので、無添加の赤ちゃん用石鹸を買ってきた。



2010年8月6日

昨日と同じく、朝から夕方まで非常に忙しかった。しかし当面の仕事は一段落した。

ここ最近、非常に忙しかったので、打ち上げの意味もこめて片町に飲みに行った。 疲れていたので、今日は直接ママさんのお店に行って寿司を取った。



2010年8月5日

朝から夕方までひたすら仕事であった。

子供におっぱいを飲ませた後にゲップをさせているのを見て思ったのだが、 人間の子育てというのは、親からの伝承や育児書からの知識などに頼る割合が多いように思う。 動物の子供は、産まれたときから本能によってある程度は自分で行動するが、 人間の場合は本能がほとんど機能しなくなっているようだ。



2010年8月4日

午前中は休みにしてゆっくり過ごし、午後から出勤。

子供は、うんちかおしっこをした時と、おっぱいが欲しい時に泣くだけで、後はよく寝ている。 手のかからない子だ。妻は、最初は母乳が出難かったが、段々と出るようになってきたようだ。



2010年8月3日

朝から夕方まで会議とかいろいろ。

妻と子供が退院してきた。

売買はぼちぼちとやっている。金買い、石油買い、TOCOM指数買い、ゴム売り金買い、というところ。



2010年8月2日

朝から夕方まで仕事。ずっと立ちっぱなし話しっぱなしで、げっそり疲れた。

子供のためにベッドを組み立てた。結構大きい。これなら2歳くらいまで使えるかも。



2010年8月1日

今日も朝から夕方まで仕事。母親が孫の顔を見にやってきた。一泊して明日には帰る予定。 妻の母親も今日から一ヶ月滞在の予定。病院で合流し、近くの小料理屋で食事をした。



2010年7月31日

この週末は休日出勤である。 朝から夕方まで仕事。

晩は病院へ。母子ともに特に問題はないようだ。



2010年7月30日

出生届を出してきた。子供手当ての手続きもした。助かるねぇ。 これが満額の月26000円になったら、金銭的負担も相当軽減されるわけだし、 子供を作ろうという人も増えるんじゃないだろうか。 もっとも、どちらかというと保育所利用券とかの現物支給の方がいいような気もするが、 保育所自体が足りない現状では無理があるか。 乳幼児医療費助成制度の手続きもした。 至れり尽くせりである。

晩は病院へ。



2010年7月29日

出産後、子供は新生児室へ。妻はベッドで休養。 自分も少し休もうと思ってベッドの隅で横になったら、そのまま寝てしまった。

早朝に目が覚め、職場へ行って仕事の続きをし、何とか時間に間に合わせた。
これから8月上旬にかけて仕事の予定が色々と入っているので、 昼間に産まれたら立ち会えないだろうと思っていたが、忙しくなる前に産まれてくれた。 親孝行な娘だ。

晩まで仕事をし、その後、見舞いに。



2010年7月28日

予定日よりかなり早く陣痛が始まった。 昼間に一度病院に行き、その時はまだ自宅待機と言われ、一旦家に戻ったものの、晩になり入院。 子供は入院して3時間で産まれた。
出産には立ち会ったのだが、明日の朝までの急ぎの仕事があり、 妻が出産体勢に入っている横で椅子に座ってノートパソコンで仕事をしていた。 さすがに産まれそうになってからは仕事も休止したが。
美人になるかな、とか、頭の良い子になるかな、とか、産まれる前は色々と考えていたが、 産まれた子供を見るとそんなことはどうでも良くなってくる。 どんな子に育とうと、守っていかなければならないと感じる。

胎盤は見た目はレバーのようで結構美味そうだ。へその緒は肌色とか赤色を想像していたが、 思っていたより黒い色だった。



2010年7月27日

森毅さんが亡くなられた。 直接、講義を受けたことは無いが、「位相のこころ」は名著だと思う (数学の専門書なので一般の人は買わないように)。



2010年7月26日

職場の同僚と若者達で飲みに行った。妻も誘ったら参加することに。 時々利用する職場の近くのお店で、ブリしゃぶを堪能。 さっと湯にくぐらせて薬味と一緒に食べる。半分くらい生の状態が一番おいしい。



2010年7月25日

金沢に帰ってきた。

最近、家を色々と探しているのだが、いざ探し始めてみるとやはり欲が出てきて、 土地建物合わせて4500万位までなら出してもいいかという気分になってきた。 仮に4500万の物件を買うとすると、頭金で1000万ほど出して、残りをローンという形になりそうである。 現在、全現金資産が2700万程度なので、頭金で1000万出すと相場に回す資金がかなり減ってしまう。
不動産屋さんの案内で物件を見たりもしたが、中古の一戸建てに、やはりかなりお得感がある。 リフォーム込みでも、同じ値段の新築より部屋一つか二つ分くらい広い。 2000万円くらいで良い出物があるんだけど、これを1500万くらいかけて徹底的にリフォームすれば良い感じになりそうだ。 しかし安いけど場所的な問題もあるんだよねぇ。あと、小学校の校区の問題もある。 考えなければならない事が多い。



2010年7月24日

プレゼンも無事に終わった。晩は出張先の人達と飲みに。



2010年7月23日

午前中は仕事で、午後から東京へ出張。 英語のプレゼンの準備が完成してなくて、特急と新幹線の中でずっとスライドを作っていた。 宿に着いた後も作業を継続し、ようやく完成。



2010年7月21日

相場はあまり見ていない。一進一退である。

仕事の関係でイギリスの出版社とやり取りをしていたのだが、FAX番号を良く調べるとインドの番号であった。 メールのやり取りをしている担当者の名前も西洋人っぽくないなと思っていたけど、たぶんインド人のようだ。 本社はイギリスにあっても具体的な作業は全てアウトソーシングされているらしい。 インドは英語が通用するので都合が良いのだろう。 ただ、顧客管理などは本社でやっているようで、現場との情報の共有にやや問題があるようだ。 メールアドレスを変更したのが現場に伝わっていなくて混乱してしまった。



2010年7月19日

連日、相変わらず仕事で忙しい。早く夏休みにならんかな。

妻は、妊娠のため体温が上がって暑くて大変そうである。経過は順調とのこと。



2010年7月18日

廉価版コミックで「リスキーエッジ」の最終巻が出てたので購入。麻雀漫画の中では一番好きな作品である。 残念なことに単行本は2巻出ただけで打ち切りになっていた。 ムダヅモ無き改革とかより、こっちの単行本の3巻以降を出してもらいたいもんだ。



2010年7月16日

ちょっとこの下げは予想外。二日で150万以上逆行した。

本業の方で3月くらいから掛かり切りになっていたプロジェクトがようやく一段落しそうなので、 そろそろ相場のシステム開発も再開できるかもしれない。 しかしプロジェクトの最後に英語でまとめの文書を作成しないといけないという難問が残っている。 日本語で下書きを書いたらA4で100ページくらいになったので、 これを英語にするのかと思うとうんざりするな。



2010年7月15日

商品を長期買い持ちし、現物の金も買い、土地も買い、自宅もローンで買う予定で、 日本の財政破綻に向けて備えはしているのだが、駄目押しで国債先物の空売りもやるかと思ってちょっと調べてみた。 現在の先物価格が140円くらい。10年債の基準利率が6%だから、金利がゼロまで下がっても160円。 ということは、160円まで売り上がればスイングで必ず取れるのでは?(間違ってるかも)
JGBminiでは20円は200万円に相当するわけなので、 2円間隔で10枚まで売り上がって金利がゼロまで下がったら1000万の値洗いマイナスということになる。 1円間隔で20枚なら最大で2000万のマイナス。まぁ、そう大したことはない感じである。 ただ、イールドカーブのせいで、乗り換えるたびに鞘出世でやられていくようなので、 ずっと日本の財政が破綻しないままだとジリ貧になってしまうかもしれない。まぁ、ちょっと無理っぽい感じかな。
あと、日銀が無制限に買い支えるようなことになれば、 市中金利は暴騰しているのに国債の金利は0%近いなんていうバカな事態も考えられるので、 財政破綻に賭けて空売りするというのは、やっぱり止めた方が無難かもしれない。



2010年7月14日

買い玉を更に仕切り。 原油はいずれ200ドル、金は2000ドルと考えているので、 買いを仕切ってしまうと二度と買えない可能性もあるかもしれないが、 買ったままだとインフレヘッジにしかならず実質的に儲からないので少しは動かないといけない。 本当は、片は買いっぱなしで、それとは別に鞘かなんかで稼ぐのがいいんだけど。



2010年7月12日

買い玉を一部仕切って、とりあえず上下どちらに行っても対処できる形に復帰した。

株の飲み会でYさんに勧められたのがきっかけで、佐々木正美「子どもへのまなざし」を読んだ。 著者は児童精神科医で、豊富な臨床経験をもとに乳幼児の育て方について書いた本である。 3歳くらいまでは、抱っこしてとか、遊んでとか、そういう要望には全て応えてあげることが大切のようだ。 夜中にミルクをあげないようにした赤ちゃんは、泣いてミルクを欲しがっても無駄だと悟って、 夜中には泣かなくなる。しかしそれで我慢強い子に育つかというと、そんなことはなく、 すぐに諦めてしまう無気力な子供に育つことが多いそうだ。 他にも、乳幼児の頃に厳しく接すれば(いわゆる)良い子になるか、 という問題については膨大な研究があるらしいが、結果は概ね否定的のようだ。 乳幼児期の満たされなかったという思いはその後に長く尾を引き、 人格形成に影響を与えるということである。 この本は、育児書としても良い本だが、自分がどのように育てられたか振り返って考えることができる、 という点でも良い本だと思う。



2010年7月11日

参議院選挙は民主党に投票。 民主党にも問題は多いが、今は自民党と自民党が構築した利権体質を壊滅させることを最優先する。 どうせ10年後には自民党も民主党も無くなっているだろうし、破綻の後の再生に目を向ければ、 障害になりそうなしがらみは今のうちに出来るだけ除去すべきだと思っているので。
しかし結果は民主党の惨敗となった。極めて残念だ。 衆参ねじれ状態になり、今後3年間はまともに法案は通らないだろう。 日本は何もできない多臓器不全状態のまま困難な時代へと突入して行くことになる。 日本の政府債務は国内の帳尻合わせの問題なので、 やりようによってはダメージを少なくすることもできる。 しかしそれも強力な政治力あってのものであって、 現状の身動きできない状態のままでは破滅的な展開を迎える可能性が高くなってしまった。
まぁ、どちらにしても、個人としては市場でも市場外でも、 状況に応じて適切なポジションを取って行くだけであるが。



2010年7月10日

近くのコインランドリーで炬燵布団を丸洗い。結構お金がかかる。

宮本常一氏の「忘れられた日本人」を読んでいたく感動したので、 その後、同じく宮本氏の「庶民の発見」「民俗学の旅」「女の民俗誌」「家郷の訓」を読んだ。 いずれの本も優しい語り口で、書き出しから惹き込まれる。しかも面白い。 内容はいずれも、庶民の暮らしを中心とした、 宮本氏が書き留めておかなければ歴史に埋没していた事柄ばかりである。 日本人の原点とは何か、色々と考えさせられる本ばかりなので、教育現場でももっと読まれても良いと思う。 ただ、夜這い、歌垣、身売り、間引きとか、被差別民や憑きもの筋の話など、 際どい話題が結構多いので、少々難しいのかもしれないが。



2010年7月9日

若干迷う所だが、下げても買い直せるように油の買いも少しだけ仕切った。

ポルトガルかどこかが金を担保に資金を調達したらしい。 担保が流れてしまうと市場で処分されるから下がるという思惑もあるようだが、 落ち目の国はとことんカモられるという法則からすれば、担保が流れた後は上げるしかないように思う。

晩ご飯は妻が鰻の蒲焼を焼いてくれた。美味いなぁ。鰻はいつ食べても美味い。



2010年7月8日

昨日の一番やられていた時点から一気に200万ほど回復した。 金を少々買い過ぎていたので買いを軽くした。



2010年7月7日

金、石油、TOCOM指数を買い増し。 詳しくは計算してないけど、今年の利益がほとんど無くなったと思う。 石油製品は長期買いとして予定していた枚数になった。 金はちょっと予定より多くなってしまった。 ここからの買い増しは慎重にならざるを得ない。



2010年7月5日

横山秀夫「半落ち」を読んだ。この取って付けたようなオチで、いまいち。 そもそも黙秘する理由としては弱いし、主人公も元警察官なんだから、 どんな感じで尋問されるか分かっているだろう。本当に隠したいと思うのなら、 黙秘などせずに上手く話を作る筈だ。
この作品は直木賞とのからみで物議を醸したのだが、そもそも賞をもらうほどの深みは無いと感じた。



2010年7月4日

車検と点検を頼んでいた車を受け取った。 ちょっと事情があり、今は問題は出ていないが、将来的にマズいことが起きそうな部分を予防的に洗いざらい全部直してもらった。 タイヤは持ち込みだったのだが、タイヤ代も含めると全部で70万以上かかった。ほんとに金がかかる。 しかしおかげで、少なくとも今後5年くらいはかなり安定する筈である。
タイヤは今までADVAN NEOVAだったのをPOTENZA RE11に換えてみた。 何となく、NEOVAがギュっと地面を掴む感じなのに対して、RE11の方はネバっと地面に張り付くような感じで(あくまで個人的な感触)、 どちらが好きかと言われるとNEOVAの方が好きな感じである。しかし、安定性、 とくに濡れた路面での安定性はRE11の方が高いような気がする。 実際、北陸道の山岳地帯を雨の中走って帰ってきたのだが、非常に安心感があった。
それにしても、こういう車に乗らなかったら、エンジン音で車の調子を感じたり、 タイヤの違いを感じたりすることは無かったと思う。これも相場のお陰か。



2010年7月3日

今日から京都へ出張。夕方には仕事も終了。晩は出張先の人達と木屋町で飲んだ。
飲んだ後は奈良の実家へ。猫が増えていた。



2010年7月2日

連日、金、石油、TOCOM指数を買い増ししている。 しかし、ここ最近の下げで、今年の最大利益から、あっという間に400万弱無くなった。 今年の利益も200万を切った。この調子だと年初来マイナスになるのも時間の問題か。 まぁ、今は目先の儲けより、インフレ対応の資産をどう構築するかに重点を起きたいと思っているが。

返済期限の定めの無い1100万円の貸金債権について、100万円を追加で貸すことを条件に、 月5万円返済の240回払いということで強制執行許諾文言付きの公正証書を作成した(利息はゼロ)。
金を貸してくれという電話は電話に出た瞬間にわかる。 二週間ほど前に電話があり、どうするべきかしばらく悩んでいたのである。 何億円も持っていた昔ならいざ知らず、2500万円ほどしかない今の自分から金を借りようというのはどういう了見なのか。 近いうちに家も買おうと思っているので、こちらの余裕資金は更に少なくなる。 昔は金を貸してくれという話が山のように来ていたが、NON大豆で飛ばしてからはパタリと無くなった。 みんな一応、貸してくれる可能性があるかどうか判断してから頼みに来るのである。 しかも自分は相場では年利益率30%は取れると思っているので、年利30%複利で貸してようやく損得無しであり、 それより安い金利で金を貸すというのは、こちらからすると金を恵んでいるのと変わらない。 しかも大抵の場合、元本すらまともに返ってこない(実績としては2割程度)。
以上のような理由から、普通だったら絶対に貸さないのだが、その人には既に1100万円の貸付があり、 しかも特に返済計画を決めたわけではなかったので、以前の分も含め、 月5万円の20年返済できっちり返すという約束ならば追加で100万円だけ貸そう、ということになったのである。 まともに考えれば絶対に受けないようなキツい条件であるし、断ってくれた方がこちらも気が楽だったのだが、 いずれは返さないといけないものだから良い機会だと思う、ということでこちらの提案の通りになった。
最初は、これでもう一度相場に挑戦してみて、それでも駄目だったら首を吊って保険金で清算する、 なんて馬鹿なことを言っていたのだが、死亡保険金での清算は認めない、今回相場で飛ばしたら、 相場から足を洗い、コンビニバイトでもタクシー運転手でも何でもやって何としてでも月5万円を返し続ける、 と約束することも条件にした。 ちなみに、今まで金を借りたいという人のうち半分以上の人が保険金での清算を口にしていた。馬鹿ばかりである。
以上のような経緯があり、待ち合わせて公証役場へ。 公証人の先生は元裁判官で、6月始めに公証人になったばかりだそうで、事務のおばちゃんの方が詳しそうな感じだった。 1100万円は返ってこなくても仕方ないと考えていたので、とりあえず今回貸した100万円さえ返ってくれば、 後は返済されるばかりなので自分の判断は正しかったということになる。 無いとは思うけど、もし返済が滞ったら、強制執行して裸になってもらうしかない。 交付送達の手続きも同時にやってもらったので、返済が滞れば即強制執行できるようになっている。
公証役場は高知の土地に定期借地権を設定するときにも利用した。相場に関わらなかったら、 公証役場など、恐らく生涯関わりが無かった場所だと思う。
ひとまずこれで、約7000万円の貸金債権のうち約半分については何らかの返済計画が出来あがった (中には個人再生で大幅に減額されたのもあるが)。 残り半分についてもこのままにしておく積りはない。何らかのけじめはつけてもらわないと。 しかしまぁ、債権はいずれインフレで事実上チャラになってしまう可能性が濃厚だが。



2010年7月1日

背中が痛い。何年か前にも同じ痛みを時々感じたのだが、その時は尿路結石の石が流れたらスッキリ治った。 また石が出来つつあるのか。嫌だなぁ。



2010年6月30日

金とガソリンを買い増しした。

パラグアイ戦は0−0でPK戦に突入し、日本が外して敗退した。 しかしまぁ、試合中から押されっ放しで、失点してもおかしくない瞬間が何度もあったから、 勝ったら奇跡のようなもので、実力差としては順当なところだろう。 もう一つ上のレベルに達しないと、決勝リーグでは通用しない感じがする。今後に期待というところか。 岡田監督は、これだけの悪評判の中よくやったと思う。 批判する人間は、結果で黙らせるしかない。



2010年6月29日

商品全体の下げで資金は順調に減少中。 もう少し下がれば金と石油製品の買いを増やしたい。 いずれは過剰流動性により際限の無いバブルがくると思う。



2010年6月28日

邦光史郎「夜の主役 地下銀行」を読んだ。題名には地下銀行とあるが、地下銀行は脇役的に出てくるだけで、 メインは企業間抗争である。知人の死の真相を調べていた主人公は、罠にかけられ弁護士資格を剥奪されてしまう。 主人公は、そんな状況に屈することなく戦いを挑んでいく、というような内容で、 経済小説というよりミステリーである。色恋のシーンもあり、いかにもテレビドラマ的な内容だなと思ったら、 実は著者がドラマ用に書き下ろした小説であった。



2010年6月27日

週末もほとんど仕事で潰れた。

高杉良「王国の崩壊」を読んだ。舞台になっているのは架空のデパートだが、 実際は三越事件の顛末を書いた小説である。会社が徐々に私物化されていくプロセスがよく分かる。 事実の記録として読む分には面白いけど、いつもの著者の筆の冴えがいまいちのような気もする。



2010年6月25日

デンマーク戦、3点も取れるとは。しかし途中で寝てしまったのでよく見ていない。



2010年6月24日

今週始まってから、あっという間に150万ほど減った。 しかし長期的な観点から見ると、買いしか考えられないと思っている。 資金と相談しながら、油と金を中心にもう少し買いを増やしたい。



2010年6月21日

相場は買いのまま放置してあるだけなのに、連日の上げで値洗いは良く増えている。 現時点で今年の利益は600万ほどか。



2010年6月19日

W杯、オランダ戦は負けたが、デンマークとは同点でも決勝トーナメント進出が決まるということで、 可能性は高まってきたかな。



2010年6月18日

職場にお客さんが来たので片町へ。 いつもの加賀料理のお店の後は、いつものママさんのお店へ。 最近、飲みに行く頻度も減ったなぁ。



2010年6月16日

梁石日「血と骨」(上下)を読んだ。最初から最後まで凄まじい迫力に圧倒されっぱなしであった。 戦前、済州島から一旗揚げようと日本にやってきた金俊平の一生を描いた作品である。 金俊平のモデルは著者の父親だそうだが、これがもう、半端ではない。 極道からも恐れられる凶暴さと徹底的な自己中心主義で本能の赴くままに生き、家族や周囲の人々を否応なく巻き込んでいく。 人格破綻者といってもよいと思う。自分だったら絶対に関わり合いになりたくない人間だ。 金俊平の究極の身勝手さと対照的に、在日朝鮮人社会の連帯感とか、おばちゃんたちの逞しさが印象的である。 無茶苦茶やり過ぎた反動か、小説の最後の金俊平の晩年がドツボに嵌り過ぎていて、 笑っちゃいけないんだろうけど、思わず笑ってしまった。



2010年6月15日

詳しくは計算してないけど、今年の相場の儲けは450万くらいか。 自宅を買う際、全額ローンだとさすがに難しいようなので、いくらか頭金を入れることになりそう。 そうなると種銭がその分少なくなるので、今のうちに稼いでおかなくては。

W杯日本対カメルーンは日本が1対0でカメルーンに勝利した。 昔は試合後半でスタミナが切れるというのが定番パターンだったが、今回は比較的最後の方まで良く動いていた。 無駄な動きが少なくなったのか、単に体力がついたのかはよく分からないが、 何にせよ、日本も強くなったものである。



2010年6月14日

クラックを全部仕切り。クラックは最近は200円取るので精一杯で、 仕掛けや仕切りに100円以上滑ったりするから、もうさすがに無理だな。 また動くようになるまで休もう。

小惑星探査機はやぶさが奇跡的に地球に帰還した。カプセルに小惑星の砂が入っていれば良いのだが…。 こういう細かい制御系の技術は日本の得意とするところだろう。 ただ、日本の科学技術は大したものだが、先行きはあまり明るいとは言えない。 まず金が無い。社会保障費を削り、さらに増税してでも科学技術を推進する、というは一つの道だと思うが、 それを決めるのは日本の場合、独裁者ではなく有権者ということになっている。 国債を無制限に発行しながら、全てに支出し続けることは出来ない。財政を立て直すには何かを削らねばならない。 しかしまぁ、財政再建は失敗に終わり、いずれ実質的に破綻状態に陥る可能性が極めて高いことを考えれば、 破綻の瞬間までじゃんじゃん金を撒き続けるというのも悪くは無い選択だとは思う。
人材不足も深刻である。有能な科学者や技術者は競争と切磋琢磨によって生まれる。 よって、人口の集中は極めて高い効果をもたらすが、人口が減少するとトップレベル層の激減に繋がる。 アメリカは世界中から人材を集まることによってその技術力を維持してきた。 ひるがえって日本はどうか。少子化による競争の消滅によって、 今までは考えられなかったような学力の学生が大学に入ってくるようになった。 現実は非常に速いスピードで変化しつつある。既に、日本の大学や企業の研究部門においては、 外国人の人材無しには立ち行かない状況になりつつある。 少子化の解決の目処が立たないならば、外国人の研究者や技術者に出来るだけ日本にいてもらうしか、 日本の技術力を維持する道は無いように思う。 彼らの中には、アメリカが嫌いで日本に来ている人もいるが、アメリカに行きたいが、 何らかの理由で行けないので仕方なく日本に来ている人も多い。 彼らを日本に繋ぎとめておくのも容易ではない。



2010年6月13日

土日はずっと仕事で終わった。



2010年6月11日

株トレーダーの人達との定例飲み会。
ここんとこ仕事に集中し過ぎて、なんだか体調が良くない。 目に映っているものが見えないというか、認識できないことがある。 飲み会の一次会はアパホテルのバイキングだったのだが、 ビールサーバーが視界に入っているのに、ビールはどこで入れるんだろうかと迷って、 店の人に聞いてしまった。目の前にあるのに、変な人だと思われたに違いない。 やけにメニューが少ないなと思いながら料理を取って食べていたのだが、何往復もした後になってようやく、 少し離れた別のテーブルに料理が色々あることに気が付いた。
体調も精神状態も、上記の点を除けば何の問題も無く、疲れを感じているわけでもなく、 特にしんどいわけでもなく、飲み会も楽しく過ごすことができた。 そういえば大学生の頃、ゲームにはまり過ぎて一ヶ月くらい寝ても起きてもゲームばかりしてたら、 似たような症状になったような気がする。
ちょっとこまめに休みを取った方が良さそうだ。仕事の合間には気分転換に本を読んだりしてるけど、 それよりも散歩に出掛けるとかの方がいいかもしれない。



2010年6月10日

財務省が、国債を持っている男子は女性にモテる、なんて広告を作ったらしい。 何でも、国債を買う男は、将来を見据えて堅実に資産運用をしてるということで、 安定感があるんだと。
コメントする気も失せる。



2010年6月9日

景気連動と言われる原油や白金でさえ下がり難くなっているように感じる。 最終的に今回どこまで下がるかわからないが、 リーマンショックの時の安値と今回の安値を結んだ右上がりの直線が、 投機プレミアムの無い状態の通貨価値毀損による上昇分と見ることができる。 デフレとか言ってられなくなる状態が近づきつつあると思う。
しかしハンガリーで下げたのには笑った。 どんだけ赤字が出てもフォリント切り下げれば済む話。 しかし、そんな材料に反応するほど心理は弱いということなのだろう。 今は株が下がると商品も下げるが、商品が株の下げに連動しなくなってきたら、いよいよだと思う。



2010年6月7日

金も石油も暴落で大逆行。 しかしここはチャンスと見て、金とTOCOM指数を買い増し、 更にクラックの原油の売りを仕切って石油関係も買い増しした。



2010年6月6日

真山仁「ハゲタカ」(上下)を読んだ。この前のオフ会のときに、 さやえんどうさんの話を聞いて購入したのである。
もっと過激で権謀術数渦巻くような話かと思ったら、きちんと企業再生する、比較的真面目な話だった。 まぁ、読む人によってはこれでも過激な話なのかもしれないが、 自分としては、もうちょっとドロドロしてる方が好きだな。 ミカドホテルの松平貴子にしても、どんな悲惨な目に遭うのかと思ったら、案外…。
現実の事件を元にした出来事が多いのは読んでいて楽しめるね。 続編もあるのでそのうち読んでみたい。



2010年6月5日

妻が診てもらっている病院で母親教室が開催されるということで参加した。 8割くらいの人が夫婦やカップルで来ている。母親・父親教室という名前にしてもらいたいものだ。
赤ちゃんの抱き方とかお風呂の入れ方とか、実践的な練習があるのかなと思ったけど、 ビデオを観せられ、栄養士さんから妊婦さん達へ栄養指導の話があっただけで終了。 ちょっと拍子抜けだった。



2010年6月4日

菅さんが首相に就任した。右を見ても左を見ても世襲議員のなかで、久しぶりの世襲ではない首相である。 頑張ってもらいたいものだ。理系というのもいい。
別に世襲自体が悪いってわけではないだろうけど、これは程度問題である。 自民党のように、議員の4割が世襲(衆議院議員の割合)というのはどうかと思う。 要するに、政治家という仕事が政治をすることではなく、 地元へ利益を誘導するための家業になり下がっているから、 結果的に世襲が異常に多いということになるのである。
ちなみにアメリカの世襲議員は5%くらい、イギリスは3%、中国の全人代は2%という感じ。 しかし日本の場合は、世襲を制限したらタレント議員ばっかりになって更に酷いことになるかもしれない。



2010年6月3日

金と油とTOCOM指数の買い越しのおかげで良い感じ。今月に入って既に100万以上増えている。 金は買い増ししたいけど、買いたいものほど買わせてくれんね。



2010年6月1日

メキシコ湾の原油流出事故による被害は想像を絶する規模になりつつあるようだ。 素直に考えれば、今後、深海油田の開発には一層の安全対策が求められることになり、 原油価格に上乗せされるだろう。石油は買いという結論しか出て来ない。



2010年5月31日

ゴムはバタフライで引かされたのを9月買い先売りに組み換えて何とか打ち回した。 バタフライでは結構引かされていたが、最終的には今回のゴムの収支は合計でマイナス17000円。 一時に比べるとかなり回復したし、前回15万円ほど取ってるので悪くはないか。 こういう、鞘を用いた臨機応変な対処ができるのが商品先物の醍醐味である。

今年の儲けは現時点で320万ほど。 しょぼいけど、もういい歳なので、今持っている資金は絶対に飛ばすわけにはいかないし、 年利益率20%〜40%くらいと考えると妥当なラインか。 利益率30%でも複利で回せば実は凄いのだが。



2010年5月30日

宮本照夫「それでもヤクザはやってくる」「ヤクザが恐喝りにやってきた」「ヤクザが葬儀にやってきた」 の3冊を読んだ。著者は飲食店の経営者である。 最初の1冊は、以前読んだ「ヤクザが店にやってきた」の続編のような感じで、 みかじめ料の支払いを拒否し、暴力団員入店禁止を貫き通した著者と、ヤクザとの何十年にもわたる壮絶な戦いの記録、 後の2冊は、著者が、ヤクザに付け込まれて困っている人の相談に乗り、手助けした記録である。 あらゆる手口で間断なく続く営業妨害、その対処に神経を擦り減らすくらいなら、 みかじめを払った方が遥かに楽に決まっている。まったく著者の信念には敬服するしかない。 ヤクザ対策マニュアルとして読んでも、ヤクザがどのような手口で一般人に食い込んでくるか、 またそれに対してどのように対処すればよいかが、ケーススタディとともに提示されていて、なかなか勉強になる。

最近、仕事が滅茶苦茶忙しい。しかし忙しいときほど、なぜか読書が進むのである。



2010年5月29日

いくつか用事があり、妻と一緒に町に出掛けた。木倉町の近くの洋食屋さんで夕御飯を食べて帰宅。



2010年5月28日

石油中心に大きく上げて、値洗いも大きく改善。水曜日の買いがギリギリ間に合った感じだな。 中国の引き締めの分もギリシャで下げてしまったので、中国がどうなろうともう下がらないかもしれない。 今後のインフレ相場の前の最後の買い場だったような気もする。

まこりんさんに主計町のお茶屋さんに連れて行って頂いた。 一見さんお断りな所なので、こういう機会が無いと一生縁が無かった場所だろう。 料理とお酒をいただきながら芸妓さんたちの唄と舞を楽しむ。 日本酒で適度に酔いも回って、竜宮城かどこかにいるんじゃないかと思った。 普段だったら、機会があったとしても大勢のお客さんのうちの一人としてしか見られないような芸を、 間近で、しかも自分達二人だけを相手に見せてくれる。贅沢な話である。 太鼓を叩いて参加したりもした。
今回は初めてということで知らないことだらけだったが、もしこれからも通うとすれば、 長唄とか三味線とか舞とか、自分では演らないにしても、 ある程度の教養は少しずつ身に付けていった方が良いような雰囲気ではあるね。
まこりんさん、誘って頂き、どうもありがとうございました。



2010年5月27日

普天間基地移設問題の5月末までの決着は絶望的となり、鳩山内閣の退陣も視野に入ってきた。 この問題では鳩山さんに期待をしていただけに残念である。 あまり本土では報道されないけれども、現状の沖縄の負担というのは本土の人の想像を超えるものがある。 仕事の関係で沖縄にも知ってる人がいるし、旅行や出張で沖縄は何度も訪れたことがあるけど、 向こうは概して本土の人よりも温和でのんびりしている人が多いように思う。 そんな沖縄で、米兵の犯罪とか基地問題とか、何かあるたびに何万人も集まるデモが頻発するという時点で、 かなりのストレスがかかっていると思う。今どき本土でも何万人も集まるデモなんかめったに起こらない。 このストレスが極限まで蓄積して爆発し、民心が離れてしまう前に何とかしないと、 取り返しのつかないことになるかもしれない。
基地の移転が無理ならば、何か負担に見合う手段を考えないと、 社民の連立離脱どころか沖縄の日本国離脱さえ可能性はゼロではないと思う (適当なタイミングで扇動者が現れる必要はあるだろうが)。 もちろん、今後10年間で沖縄独立なんて動きが出るとは思わないけれども、50年後や100年後になるとわからないし、 それだけ先の話でも、案外、分岐点はそれよりもずっと以前にあるものである。
日本の安全保障上、アメリカ軍の駐留が必要だという認識なら、日本全土で米軍基地を負担するのが筋だし、 それが無理なら負担に見合うだけの利益を供与するしかない。 沖縄振興策とか色々やられているが、補助金を出して箱物を作るばかりでは、 いつまで経ってもその場限りでしかない。 沖縄だけ所得税や消費税をゼロにするとか、 あらゆる規制を撤廃してシンガポールみたいな国際金融拠点にするとか、抜本的な対策が求められると思う。
ただ、結果的には解決には程遠いとはいえ、 今まで自民党が封殺していた沖縄の問題を全国民に知らしめたという点では民主党の功績は大きいと思う。 まぁでも、日本人の国民性から考えると、すぐにまた忘れてしまうのだろうけど。



2010年5月26日

ゴムのバタフライスプレッドは撤収する。経験上、こういう逆鞘含みの鞘を引かされて粘るとろくなことがない。 仕掛けが多かったから大損害だ。しかし、ただ撤収するだけでは芸が無いので、逆鞘拡大に賭けるポジションに組み換えた。 クラックは増し玉。片の買い増しも。毎日引かされるばかり。



2010年5月25日

森村誠一「地果て海尽きるまで−小説チンギス汗」を読んだ。 井上靖の「蒼き狼」を意識したというのが後書きにも書いてある。まぁ、当然だろう。 小説としては面白くないわけじゃないんだが、格調という点では「蒼き狼」には到底及ばない。 一方で、モンゴルを舞台に刻一刻と変化する情勢についてはかなり詳しく記述してあるので、 モンゴル帝国の歴史を学ぶために読むには良いかもしれない。 しかしそういう用途で読むとすれば、どこまでは史実でどこまでが想像かわからない小説は、 やはり不適ということになる。中途半端な印象が否めない。 それに、サバイバルとかシンプルライフとか、現代のカタカナ語が普通に使われていて時々ゲンナリしてしまう。



2010年5月24日

子供の逆子状態は解消していたそうだ。良かった良かった。

夕方からいつもの株式トレーダーの飲み会。今回は、たまには趣向の違う店にも行ってみようということで、 主催者のシステムトレーダーKKさんが金沢駅近くの小さなお好み焼屋を予約してくれた。 行ってみると、突っけんどんなおばちゃんと、やたら低姿勢なおっちゃんのやっている店で、結構客の入りも多かった。 ただ、おばちゃんの態度にKKさんはかなり頭に来ていたようだ。 自分はあまり気にならなかったし、お好み焼自体も結構美味しかったので、 また今後、個人的に寄りたいところである。
お好み焼屋さんの後は二次会へ。



2010年5月23日

昨日は4時半に起き、車を運転し、その後12時間くらい飲み続けて疲れが溜まっていたのか、 たっぷり熟睡してしまった。翌朝ゆっくり漫画でも読もうと10時間パックで入ったのに、 起きたら1時間位しか残ってなかった。 急いでシャワーを浴びてから、読み逃した漫画雑誌を読んでいたら時間が来てしまった。
サンダーバードに乗って金沢に帰ってきた。



2010年5月22日

早朝4時半に起き、車検と点検のため車で関西に向かった。 北陸道でうっかり覆面パトカーを追い越して捕まってしまった。28キロオーバーで18000円。 もっと出てたと思うんで、たぶんオマケしてくれたんだと思う。 免許を取ってから今まで違反で捕まったことが無かったので注意が疎かになっていた。 黒のトヨタクラウンの凄くわかり易い覆面パトカーだったので、注意していれば絶対に気がついた筈である。 まぁ、やってしまったものは仕方が無い。次から注意しよう。

車屋さんに車を預けて大阪へ。 三菱マテリアルでメイプルリーフ金貨を買い増し。店舗は結構混雑していた。 売却と購入が半々という感じであったが、それとなく聞き耳を立てていると、 売却する人は比較的小口が多かったように思う。 子供の名前で買おうとしたら、まだ産まれていない子供の名義では買えません、と言われた。 産まれた後は保険証を持ってくれば良いそうだ。

14時に心斎橋へ移動し、大阪オフに参加。参加者は、自分と、 先物タロウさん、三郎さん、アタロウさん、トレーダーさん、さやえんどうさん、にわとりさん、チバさん。 楽しくて、あっという間に時間が過ぎ、店を追い出され(前回は延々と滞在しても何も言われなかったのに)、 みんなで近くのチバさんの立派なマンションにお邪魔した。 夜も更けて行き、同居しているチバさんの彼女さんにも申し訳ないので、2時くらいに退散。 12時間くらい飲み続けて話し続けだけど、全然そんなに時間が経ったとは思えない。
チバさんに心斎橋まで送っていただき(ほんとにいい人だ)、ネカフェに宿泊した。



2010年5月21日

油買い増し。5回から10回くらいに分けてゆっくり買っていく。TOCOM指数も買い増し。
今のところ丸代金ベースで買い越し分が全現金資産の1.5倍程度。 今後は最低でもこの買い越しレベルを維持することにする。これで当面の資産防衛は問題ないか。 全純資産の内訳は、不動産60%、現金25%、金と白金の現物10%、貸付債権5%(確実に返ってきそうな分のみ計上)という感じである。 インフレへの対応としては悪くは無いと思うが、貴金属の割合を15%くらいにしてもいいかもしれない。 更にローンで自宅を購入して、不動産90%、現金20%、金と白金の現物15%、貸付債権5%、借入金マイナス30%、 という感じになれば、なお良さそう。



2010年5月19日

ガソリン先買い、灯油先買い、TOCOM指数買い。とりあえず試し買い。 まだ早いような気もするが、ここからは買いで対処する。 秋山は仕掛けも仕切りも早い、秋山に追証がかかってから仕掛けて、 秋山が仕切った後に仕切れば丁度いいってよく言われる。これは自覚している。 売り玉を二段下げの一段目で仕切ってしまって、やっぱ自分には片張りの才能は無いなと。 実際、過去に5億の資金を作ったのは鞘取りがメインだし、 そもそも鞘取りをやりたくて商品を始めたわけだから、やっぱり鞘中心でやるべきだろうねぇ。 ただ、今後、鞘取りの美味しいチャンスがあるかというと疑問だけど。 それとは別に早いところシステムも作らなきゃなぁ。 技研にサインを提供する予定も延び延びになってるし。

とにかく仕事が忙しくてどうにもならん。



2010年5月18日

ベランダへの掃き出し窓のところに蜂が巣を作り始めたので、遠くから物干し竿で突いて落とした。 親蜂がいなくなってから拾ってみると、10室くらいに一つずつ卵が産みつけられていた。 このまま産まれても食べ物も無くてかわいそうなので潰しておいた。 蜂には申し訳ないけど、巣を作った場所が悪かったと思って諦めてもらうしかない。

三浦綾子「続泥流地帯」を読んだ。以前に既に読んだような気もするが、そうだとしても忘れているので問題ない。 主人公の兄の、どんな困難が押し寄せようとも真っ直ぐに生きていこうとする姿勢には鬼気迫るものがある。 自分が同様の立場に置かれたらどうするだろうか。町に出て割のいい仕事を探すかもしれないし、 あくまで開拓した水田の復興を目指して頑張るかもしれない。 それは意地なのか、不器用なだけなのか、それとも使命感か。 この小説に限らない一般の話だが、正しい生き方や間違った生き方があるかどうかわからないが、 少なくとも、他人に感動を与える生き方はあると思う。そういう人達を描いている。 ラストにかけて徐々に希望の光が見え始めるのが救いで、読後感も爽やかである。



2010年5月17日

TOCOM指数買い。 3時半から5時までの間だけ帳入値で値洗いが悪くなり、5時過ぎると値洗いが復活する。 もう既にこの銘柄は何の上げ下げを表しているのかもわからない状態になっている。

池澤夏樹「すばらしい新世界」を読んだ。 読後感は悪くないんだけど、話が綺麗に流れ過ぎて、面白さという点ではいまいち。 現実はそんな良い人ばっかりじゃないし、どんな田舎に行っても悪いやつはいるだろう。 あと、技術者である主人公の考え方には共感できる所が多いのだが、妻のアユミの性格が鼻について仕方が無い。 こういう性格の女性は(女性に限らず男性にも)現実にたまにいるけど、自分とは合わないな。 小説の話だと言ってしまえばそれまでだが、主人公の家族像にはどうも不自然さがつきまとう。



2010年5月16日

朝風呂に入り、朝食をいただき、またしばらく部屋でくつろぐ。 宿の息子さんに、お客さんの車、めちゃくちゃ格好いいですね〜、写真撮らせてもらっていいですか? と言われた。こういうのは嬉しいねぇ。
しばらく休んだ後、チェックアウトして自宅に戻ってきた。 急に日常に戻ってきたので切り替えに少し戸惑う。



2010年5月15日

子供が生まれると妻も当分は大変そうなので、 今のうちにゆっくりしようと近場の温泉宿に泊まりに行ってきた。 場所は湯涌温泉の先の更に山の奥である。
3時頃に到着し、部屋で寝転んで本を読んだりして過ごす。山の中だけあって空気が清々しい (ただ、近くで工事をしてたのが少し残念ではあるが)。 ゆっくりと檜風呂の温泉につかって暖まった後、食事へ。
囲炉裏のそばで山菜料理、川魚料理、牡丹鍋などをいただいた。 宿の建物は、加賀藩の殿様が鷹狩りをするときに休憩所として使っていたもので、 300年くらい前に建てられたのだそうだ。どうりで、古いけれどもやけに造りが立派であった。 囲炉裏で牡丹鍋を煮るのに、はじめて囲炉裏の上の魚みたいなやつ(横木)の使い方を知った。 単なる飾りじゃなかったのね。料理も美味しくて満足である。
温泉の質も良いし、値段に比べてとても価値があるように思う。 金沢に来る知り合いがいたらぜひ紹介したいところだ。 ただし、宿泊は一日限定1組か2組のみなので、直前だと予約は取れないかもしれないが。
今晩の宿泊は自分達だけで、お風呂は貸し切りにしますから自由に入って下さいと言われたので(昼間は日帰り入浴もやっている)、 食事の後、妻と再び風呂に入った。 部屋に戻り、就寝。

ここの女将さんのもてなしは典型的な金沢のもてなしであった。 あまり客の中に立ち入らず、遠くからさりげなく気を使う、 しかも気を使っていることを客に感じさせないように振舞う。 自分はもう金沢も何年か住んでいて慣れているのでわかるのだが、 他の土地から来た人だと素っ気無く感じるかもしれない。



2010年5月14日

原油売り玉を仕切り。一瞬で1000円下がって指値に刺さった。なんじゃこりゃ、酷いな。

一戸建ての自宅購入を検討中。 日本の財政は破綻しないとか、空想するのは自由だが、自分はもう、 近い将来に金利上昇と高率のインフレが到来することを前提に行動することにする。
手持ち資金は温存したまま2500万〜3500万程度を全額、 フラット35の固定金利でローンを組むことを考えている。 上手く行けばインフレで借金棒引き状態になるかもしれない。 まぁ、何億か持ってた時ならキャッシュでポンと買えたのだが、昔を懐かしんでも仕方が無いな。
自分が生きている限りは何かしら稼いでいく道はあるだろうし、万が一、自分が死んだ場合には、 ローンはチャラになるから、自宅に加えて実家の土地もあるし、 適当に人に貸したりすれば妻と子供の生活の足しになるだろう。 まぁ、全ては気に入った物件があれば、という話になるが。
金利を2.8%とすると、固定金利で1000万借りた場合の返済総額が35年で1700万ほどになる。 最初のうちは元本はほとんど減らないので、本格的に元本が減り始めるのは20年後くらいからになる。 今の財政状況で、20年後の物価が今の1.7倍というのは考えられないだろう。



2010年5月13日

原油先を売り増し。朝から49240で指してたら、会議の間に成立していた。 日中の高値が49250円。偶然とはいえピッタリ過ぎる…。結局これは下げてきたので夜間で仕切った。



2010年5月12日

原油先売り。下げた時に一枚も売り玉が無いと冴えんので、試し玉程度に売ってみた。

宮本常一「忘れられた日本人」を読んだ。素晴らしく面白い。 著者は民俗学者で、日本中をくまなく歩いて村の古老たちに話を聞き、 消えつつある日本の風習や普段の暮らしを書き残した。 書かれたのは1960年なので50年くらい前なのだが、語り口は優しく、古さを全く感じさせない。 この本を読むと、高度経済成長によって均質化される以前の、日本の原風景を疑似体験することができる。 一生を一つの村から出ることなく過ごす人の話もあれば、パイオニア精神に富み、 漁場を求めて対馬に集団で移り住んで村を一から作った話まで、 描かれている人たちは本当に多種多様である。 文字の普及によって生活がどのように変化していったかといった堅い話から、夜這いの風習の話まで、 話の幅も広い。 個人的には亀の世間の話がなぜか気に入った。 あと、昔は、海坊主だとか天狗だとか、狸が悪戯をするとか、 そういう話が当たり前の話だったんだなというのも面白い。 なんだか日本人の底力を感じさせられて元気になる一冊であった。



2010年5月11日

海外の株があれだけ上がっても原油が上がらなかったことを考えると、 目先は売りしか考えられないのだろうけど、なんか躊躇しているうちに下げてしまった。 上手い人にとっては今日の午前中は売るポイントだろうなぁ。 というか、先日の下げた所で売り玉を全部仕切ったのがそもそも下手の極みであって、 しばらく下と見ているならば、突っ込みは仕切るとしても半分で、昨日と今日に売り直しだろう。 まぁ、下手なのは自覚しているし、上手く立ち回ろうとはあまり考えてないが。

みずほの増資を見て思うんだが、株は財産としての長期投資には向いてない気がするな。 会社側の一方的な都合でどんどん価値が希薄化していって、投資家はカモられる一方じゃないかと。 日本の企業にとっては、株主なんか金を引き出すATMとしか考えてないんじゃないか。 短期売買なら商品でも株でも為替でも何でも構わないと思うけど、財産として考えるなら、 やはり貴金属か不動産ということになるのだろう。株も会社丸ごと買えばいいんだろうけどね。



2010年5月10日

ゴム8月売り9月買い10月売り。再びバタフライを仕掛けてみた。 鞘がしばらく前の40-30-20-10-0みたいな感じだと厳しいが、今はだいたい20-20-20-10-0なので、 何とかなると思う。



2010年5月9日

車にワックスをかけたりして過ごす。

春江一也「カリナン」を読んだ。フィリピン残留孤児である主人公が、 あるきっかけから、忘れていた生まれ故郷との絆を取り戻すべくフィリピンへ渡る、 というのが前半あたりの話である。後半はフィリピンでの話。なかなか良かった。
著者は元外交官である。 この小説は、著者がフィリピンの在ダバオ総領事館に勤務していた当時の経験が反映されているようで、 フィリピンの歴史から国情、抱えている問題点、街角の情景に至るまで、 描写が具体的かつ詳細にわたっており、圧倒される。 フィリピンを知るためにもうってつけの一冊かもしれない。 チェコスロバキア駐在当時にソ連軍の侵攻に遭遇した経験を元に書いた小説「プラハの春」 も評判が高いようだ。 今年はチェコに出張の予定があるので、出張前に読んでみたい。



2010年5月8日

総務省の家計調査(貯蓄・負債編)および全国消費実態調査で、世帯主の年齢別資産額を調べてみた。 世帯主が60歳以上の世帯の所有する金融資産が平均で2250万円、 日本全体の民間の金融資産総額の6割を世帯主が60歳以上の世帯が所有していることになる。 50歳以上だと8割を占める。 一方で、世帯主が40歳未満の世帯の金融資産は全部合わせても全体の6%ほどしかない。 不動産等の資産および住宅ローン等の負債を含めて計算すると、更に若干、高齢者に偏る。 世帯主が60歳以上の世帯は5500万円程度の資産を保有している計算になる。
こういう状態にありながら、 高齢化に伴う医療費や年金の増大で国家財政が危機的状況に陥っているのが現在の状況といえる。 どう考えてもおかしなことが起きている。
これはやはり、資産のある高齢者には年金も出さず、医療費も自己負担してもらうしかない。 資産を申告制にして、多額の資産を申告した人には年金も医療費も出さないようにしたらいい。 ここで、資産を申告したくない人はしなくても良いものとする。 ただし、相続できるのは死亡時から遡って過去10年以内に申告した資産に限り、 未申告の資産は国庫に没収することにすれば公正性は保たれると思う。



2010年5月7日

原油ガソリン灯油、全部仕切った。今回の売り勝負で126万ほど取れた。 まぁ、金額としては少ないけど、種銭も少ないので妥当なところだろう。 まだ下げると思うけど、短期でこれだけ下がれば一旦利食いするのも悪くないだろう。 残玉は金の買いとTOCOM指数の買いのみ。

高速増殖炉もんじゅの運転が再開された。 高速増殖炉がもし実用化できれば確かにエネルギー問題は完全に解決するが、 液体ナトリウムを冷却材に使うという時点で、地球上ではどうやっても安全性は確保できないと思う。 いくら厳重に防護していても、必ずどこからか酸素や水分が混入し、重大な事故につながる。 冷却材が高速で循環していれば配管も磨耗する。 特に二次冷却ナトリウムと三次冷却水の熱交換のあたりがヤバいだろう。 普通、こういう施設は故障などで安全性がいくらか落ちても重大な事故につながらないように、 ある程度は安全性にマージンがあるべきなのだが、高速増殖炉はこのマージンが極めて小さいように思う。 常に100%の状態をキープし続けないと安全性を維持できないようなものは作るべきではない。 いい加減、エネルギー問題解決という絵に描いた餅に釣られて、 とうてい実現不可能な夢を追いかけるのは止めた方がいいと思う。 確かに、石油化学関係などでも高速増殖炉と同程度に危険なプラントはあるだろうけど、 事故が起きた場合の被害が違い過ぎる。 ちょっと敦賀の周辺には住みたくないね。 金沢もそんなに遠くないのであまり良い気分はしない。 大規模ナトリウム爆発が起きる前に小さな事故で止まってくれた方がいいと思うが。



2010年5月6日

ようやく下げてくれたので、原油ガソ灯油の売り玉の一部を仕切った。 あと、TOCOM指数を買ってみた。

TOCOM指数は、安い所で少しずつ買い拾っていく予定。 決済を前提としない買い切りの買いが積もるのに対して、売り方が回転させればさせるほど上方に乖離する。 ある程度酷くなった所でTOCOMはマーケットメイカー制度の強化で何とかしようとするだろうけど、 くりっく365や大証FXのように、背後に広大なインターバンク市場があるわけでもないので、 マーケットメイカーは原市場でカバーするしかない。 指数売りのカバーで原市場が持ち上がってしまい、それが更に指数値の上昇を招くという悪循環で、 マーケットメイカーは恒常的に損失を垂れ流すことになる。加えて限月乗り換えでも損失が出る。 そのため、マーケットメイカーのなり手がいなくなることや、 なり手がいても提示レートがどんどんと切り上がる等の事態が考えられる。 最後には収拾がつかなくなって、帳入値段で解け合いになって上場廃止になるかもしれない。
以上は、原市場の出来高が低迷したまま、 ファンドや株式から巨額の資金がTOCOM指数に流入した場合に起こり得るシナリオである。 TOCOM指数と共に商品全体が活性化する場合には、何とか維持できるかもしれないし、 TOCOM指数の出来高が低迷したままの場合は、現状のまま廃れていくだろう。



2010年5月5日

妻と、母の日と父の日の贈り物を買いに出かけた。 母親には花瓶を贈ろうと思って探したのだが、どうもピンと来るものが無く、 デパートを二軒見て回ってようやく気に入ったものを買った。父親にはポロシャツを購入。 以前はあんまり父の日とか母の日とかに何かすることもなかったんだけど、 結婚してから妻に言われて欠かさずやるようになった。

目先、中国不動産市場の崩壊でしばらくは商品も株も下げると思うけど、 その下げた所が最後の買い場になるのではないかと思う。 原油50ドル割れ、金1000ドル割れあたりを想定しているが、そこまでは下げないかもしれない。



2010年5月4日

早朝に京都駅に到着。5系統のバスで真如堂まで行き、境内のベンチでパンを食べながら本を読んで過ごした。 この寺は学生時代によく散歩に来たところである。雨上がりが特に素晴らしい。
その後、大学のときに創ったサークルでOBが集まるというので、BOXに遊びに行った。 半荘2回ほど打ってちょい負け。
バスで京都駅に戻り、さらに高速バスで金沢に戻ってきた。

麻雀中の会話で、ポニョの歌を歌ってるおじさんが、まりちゃんずの人だということに初めて気がついた。



2010年5月3日

二日酔いだったが、朝から炎天下で汗を流して作業をしていたらすぐに治った。 今回で水路は5mほど完成したが、まだあと10m以上は掘らねばならない。 次回には完成したいところだが、さらにあと一回くらいはかかりそうな気がする。
昼には焼きそばを大量に作成。夕方には作業を切り上げ、部屋に掃除機をかけ、 ゴミをまとめて集積所に捨てに行き、帰る準備をした。 タクシーを呼んで中村駅へ移動。
タクシーの運転手さんが、昔はこのあたりの海にはアワビやサザエがいくらでもいて、 小学校が終わったら採りに行って浜辺で焼いて食べたもんだ、と言っていた。 なぜかはわからんが、今は全然採れなくなったらしい。
夜行バスの時間まで、駅の待合室で焼きそばを食べながら本を読んで時間を潰した。 京都行きの夜行バスに乗り、四万十市を後にした。



2010年5月2日

ここ二日間、重い石を持ち上げ過ぎたためか、 腰痛と筋肉痛ですぐに布団から起き上がれない状態になってしまったが、 気合で起き上がった。 引き続き、付近の山と工事現場から石を運搬し、水路を掘って石を積んだ。 普段、頭を使う仕事が多いせいか、無心になって作業する時間がとても心地良い。 ただ、この作業も全く頭を使わないわけではなく、自分の考えた通りに作っていける楽しみもある。 近くに住んでいる、この土地を売ってくれたNさんに、相変わらず好きですねぇ〜、と言われた。
晩はそのNさんの家に招かれてウツボ鍋をご馳走になった。 ウツボは初めて食べたが、プルプルとして面白い食感である。白菜と良く合う。 7時ごろから飲み始め、最初はビール、後は焼酎、ウィスキーという具合で、 結局3時くらいまで飲んだ。Nさん、ありがとうございました。



2010年5月1日

昼頃に、新規に拡張した土地の谷側の石積みが完成した。その結果、玄関付近が見違えるようになった。 以前は建物の間際まで森が迫っていて、玄関の庇に木の枝が被さるような状態だったのが、 玄関前にテーブルを置いて多人数でバーベキューができるくらいになった。 水路も引き続き堀り進めた。 石が沢山必要なので、どんどん取ってくるが、腰が痛過ぎて大変である。

レンタカーを予約したのが遅かったため、今日までしか借りることが出来なかった。 お隣のビー家も帰省中なので、明日以降は車無しで生活しなければならない。 夕方に、まずはスーパーで二日分の食材を買い込み、一旦別荘に戻り、 自転車を積んで再び出発。レンタカーを返却して自転車で戻ってきた。 途中、明かりが全く無い農道の真ん中で空を見上げると満天の星空であった。



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