相場 2012/07/04(水) 18:39:41 |
| 自分の手はほとんど加えないのに、相場という外部がコロコロ変化している、そしてあわよくば、お金が儲かる、と相場を認識しているようです。自分は何もしていないのにお金が儲かる、それが相場というわけです。 |
どうも 2012/07/04(水) 15:44:56 |
| 草相場師になりたいようです。草学者では日々の生活にハリがないようです。 |
相場 2012/07/04(水) 07:35:40 |
| 借金を返した場合と返さない場合を電卓叩いてあーでもない、こーでもない言いながら考えると、やっぱり日々ハリの出る、借金返さないコース選択かなぁとか悶々としております。こういう選択がここ4〜5年間の失敗の素だったかなぁ、と思います・・・。 |
借金 2012/07/02(月) 14:17:54 |
| 色々と考えましたが、今ある資金を借金の半分くらいの返済に充てようと思います。返済額が浮いた分、るいとうに回す算段です。やはり、相場に振り回されない、レバレッジを効かさない取引を目指します。 |
逆説 2012/07/01(日) 20:03:09 |
| 近寄れば遠ざかり、逃げれば近づいてくる。人間関係は難しい。 大分麦焼酎二階堂のCMで、「近道は遠回り。急ぐほどに足をとられる。」とありますが、ほんとその通りだと思います。
所で、高校講座の国語総合で、岩井克人さんの評論「お金では買えぬもの」をまた聞きました。去年聴いて大爆発が起こったようにインスピレーションを受けて、また今年聞いたのですが、何度聞いても感動ものです。読者の皆様、どうか、ネット検索で、「高校講座 国語総合」と検索してみてHPを覗いて、6/16日の放送分のPDFファイルを開いてみて原文を読んでみてください。「スポルトよ、お前は随分と岩井克人さんの文章をパクッとるなw」とお思いになるくらいに参考にさせていただいているのがわかるはずです。私の文章には見るべきものがなくても、原文の岩井さんの文章には何か感じるものがきっとあるはずです!この原文は道徳の押し売りではありません。「お金では買えぬもの」となっていますが、「デイトレーダー反対派」とか、もっと「相場反対派」の言うような「金がすべてじゃない」といった類の文章ではありません。経済学者としての「お金と幸福」についての文章です。種明かしを私の解釈で少しします。 「幸福はお金では買えない、と言える国は先進国としてそもそも幸福な国である。世界には、先進国の人間だったらお金で買えるものすら買えない不幸な国がある。経済学者とはお金に関係する学問だが、お金とは関係ない幸福とは経済学者には関係ないかといえば、そうではない。幸福とはお金では買えない、お金とは関係がない、と言える豊かな国へと不幸な国を引っ張り上げるのが経済学者の仕事である。」
これが岩井さんの言いたいことかどうかはわかりませんが、とにかく、どうか読者の皆様、「高校講座 国語総合」で検索してみて、6月16日のPDFを見て原文を読んでみてください。私がいかにパクリにパクリあげた文章かがわかります。そして、きっと皆様にも良いインスピレーションを与えたならばいいな、と思います。
ああ、これは私は、「近道は遠回り。急ぐほどに足をとられる。」かなぁ・・・。 |
相場 2012/06/29(金) 16:21:13 |
| 結局、利食いました。計3万3千円の儲けでした。過去の教訓から、とりあえず急騰で儲かったら全値押しを恐れて利食うべし!です。その代わり、再参入は調整してからか、もしくはファンダの変化を見極めること、です。というか、金輪際、証拠金取引からは足を洗う、くらいで丁度いいのでは、と思います。 |
相場 2012/06/29(金) 03:16:57 |
| ユーロと豪ドルを買いました。最近、仕事以外は死んだように有意義なことをしていませんでした。だったらと、FXに踏み切りました。水準もギリシャ総選挙直前くらいまで下がってきています。自動ロスカットも大き目に見ました。当分はFXと競馬で楽しみます。 |
理想と現実:雑記 2012/06/28(木) 17:28:30 |
| 宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を読むと必ず涙が出そうになる。そうありたいと思う。所が現実はどうか。他人の言動に腹が立って罵倒したりムカムカしたりする。意地悪することもある。今、「雨ニモマケズ」が1ページ目に載っている詩集をカバンに入れて持ち歩いているが、イライラしたときに読むだけでは限界がある。ここで問題意識がある。
●中庸とか中道とは何か?
「理想を実現できる状況がある」+「現実的にはグチャグチャである」=中庸 なのだろうか?それとも、「良い時もあれば悪い時もある」という凡庸な状況だろうか?理想でありたい、ということの意味は、「ある状況で理想的対応(言動)をしたい」ということである。個別具体的には、ある状況に対してグラデーションを付けて対応すればいい、とも言える。「どこかに疲れた母いれば、行って稲の束を背負ってあげる」というのは、かなりむずかしい。今の自分に出来ることとして、例えば空き缶ひろいで十分じゃあないか。白か黒かではなく、グラデーションを付けること。一気に色合いが理想から変色してしまうのかもしれないが、しかし、白か黒ほどではない。こういう、白か黒かではなく、さじ加減の効く対応が導き出せる状況もありえる。白か黒かの二者択一しか残されていない場合はわからない。
とりあえず、理想を実現できそうな場合においては、グラデーションを付けることで対応できる。もう一つの「現実的にはグチャグチャな対応」の場合だ。腹が立って腹が立って、罵倒してやりたくて、夜も寝られず仕方がない時はどうすればいいのか?これがなくならないから「雨ニモマケズ」に心が揺さぶられるのだけども・・・。難しい。
一個悪いことをしたら、一個良いことをして、差引ゼロにしてちゃらにする。 A:一回信号無視をしたら、一回児童が車道を渡りたいのを助けてあげる。 B:一回人殺しをしたら、一回川で溺れそうな人を助けてあげる。 AとBは不連続である。同じ差引ゼロなのかもしれないが。とりあえずAは、グラデーションを付けることが可能である。信号無視の回数を調整して減らし、児童を助ける回数を調整して増やすことで、理想状態の量が増えていく。よって、理想状態にグラデーションが近づく。こんな言い方しなくても、「良いことを沢山して悪いことを減らしましょう」だ。しかし、良いことの中にも大小があり、悪いことの中にも大小がある。良いことの中のグラデーションを小側に持っていき、悪いことの中のグラデーションも小側に持っていくこと。
A:死ぬ直前までになってようやく徳がゼロ→100になった。 B:生まれてからコツコツ徳を一つずつ積み上げて順調に死ぬ直前に徳が100になった。
私の今の気持ちでは、Aを否定してBに賛成だろうか。Aのように白か黒かのような、死ぬ直前まで成果が全く現れない対応は無駄なのだろうか?
「雨ニモマケズ」を肌身離さず持っていて、いつでも読めるようにしてからまた考えよう。 |
やっぱりマツダ株 2012/06/26(火) 13:25:21 |
| やっぱりマツダ株に戻ってまいりました。 |
マツダ株 2012/06/26(火) 08:12:38 |
| マツダ株とオサラバすることにしました。マツダ株と付き合っている限り、信用取引と縁を切ることが出来そうにないからです。これからは、高配当でない株は株ではない、というスタンスで、コツコツ現物株を買っていくことにします。ユニクロに関しては、るいとうで対応することにしました。とにかくマツダに関しては、材料が飛び出ようとも我慢します。明日の株主総会を通過してからでも、とも思いましたが、ウジウジしていても仕方ありません。 |
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