| 石油の鞘 2004/11/06(土) 16:04:10 |
| | 5月限の「ガソリン−灯油」が一気に5,000円を超えてきた。原油高で昨年までのデータが参考にしずらい。今の時期の鞘として、確かに拡大しているが、拡大しすぎているのかと問われれば、否と答えるであろう。 しかし、年末までに一度は縮小してくれないと、年明けが困る。 最近は、灯油を売っては、下げたところでガソリンを買うということを繰り返してきて13セットになった。 ガソリン買い値平均 42,040円(5月限) 灯油売り値平均 38,000円(5月限) 鞘平均 4,040円(鞘現在値5,080円) 値洗い益 +1,352,000円 今後は、更に鞘平均値を下げるようにもっていきたい。 |
| WTI暴落の報 2004/11/05(金) 22:51:57 |
| | 今日は朝から出張で、10時に始まる会議場所へ向かって移動していた。 毎朝の日課でWTIをチェックしたところ$48.82(−2.06)であった。暴落である。今日は終日ストップ安張り付きと思い、1枚でも入れば儲けものとばかり、寄り付きで灯油5月限を5枚売り注文を出した。ところが、5枚とも売り玉が建ってしまった。「しまった。これは担ぎ上げられる。」という恐怖感が全身を走った。i−modeを操作する手が震える中で、直ちにガソリン5月限5枚買いの注文を出した。かなりのスリッページは覚悟していた。数分後に約定状況を確認したところ、運良く、それほど悪くない値で買えていた。 寄り付きのガソリン当限が前日比−1,100円の38,000円であったので絶好の買い場とみて、2枚買いを入れた。その後、会議で忙しく、仕事が終わってから見たら、若干の利がついていた。しかし、大引けまでに手仕舞うことを忘れてしまって、月曜まで持越しである。 石油製品の順行で、有効額が増えた。帰宅してから、今日のガソリンの乱高下を知ったが、もし、休暇で、画面に張り付いていたら、動きにつられて大損していたかもしれない。 大豆12月限のストラドルは今日ですべて利食った。もう少し放置すればもっと利がつく可能性もあるが、期近ゆえの乱高下があるので、深追いせず、このあたりで手仕舞っておいた。いずれにしても、大豆12月限は資金効率が悪かった。 |
| 米国大統領選ブッシュ氏勝利 2004/11/04(木) 20:17:39 |
| | 休日明け、朝WTIをチェックしたら急騰であった。ブッシュ氏勝利の影響であろう。しかし、EIAによると米国原油在庫は630万バレル増、ガソリン50万バレル増、中間留分90万バレル減であった。この在庫増加の弱材料は、選挙の興奮が収まれば必ずきいてくるはずと考え、寄り付き近辺で灯油5月限を2枚売った。午後1時50分ころ、ヘッジでガソリン5月限を同枚数買った。 小豆を一部手仕舞い、利食った。 大豆のストラドル(12月限)を大半手仕舞い、利食いとなった。8月に仕掛けたものであり、労力と忍耐の割りに利益が少ない。資金効率が悪かった。 石油製品のストラドル(4月限)3セット手仕舞い、利食った。こちらは資金効率が極めて良好であった。 今日も有効額が増大した。 |
| 先物取引を始めたころ(5) 2004/11/03(水) 23:15:02 |
| | U課長は、引け後に、私の方から、会いに行ったこともある。小額資金のゴミトレーダーに過ぎない私に対して、コーヒーを出してくれ、丁重に話を聞いてくれた。自分の書いたチャートも見てくれた。この世界にもこういう良い人がいるのだなあとうれしくなった。とにかく客が何とか利益を上げられるようにと世話をしてくれるのである。 しかし、突然、このU課長が退社されてしまった。私はかなりのショックを受けた。もうやめようかとも思った。 次の担当課長もまずまずの好人物であったので、何とか継続することにした。2000年8月に初めて中部ガソリンと灯油の売買をし、これは自分の性格に合っていることを発見した。当時は資金不足から東京の石油は手が出せなかった。 中部で感覚を養う中で、鞘取りの面白さに目覚めた。資金も石油の利益で100万円を超えるところまでいった。 しかし、順調な中に落とし穴が待っていた。ガソリンと灯油の鞘取りに満玉近く張ってしまい、鞘の逆行に耐えられず、あえなく大敗を喫してしまった。一度資金を大きく失うと、復活は困難になる。その後、何となく冴えない取引を繰り返し、資金が少しずつ減っていった。 通常取引の手数料の負担が極めて重く感じるようになっていたし、板寄せ形式の中部よりも東京のザラ場の方が自分の性格に合っているように思ったので、2001年4月から、別の取引員の会社のホームトレードに切り替えた。資金100万円で新たな出発をしたのである。 この切り替えが大成功となり、今日に至っている。 ホームトレードは、外務員との会話をしなくていいので、雑音がシャットアウトできることが最大の利点である。手数料が安いし、情報も格段に早く入手でき、その質も良い。(完) |
| 先物取引を始めたころ(4) 2004/11/03(水) 19:07:17 |
| | リベンジを目指して研究していたころ、例の部長氏から電話があった。「先日は大変申し訳ないことをした。あのとき全玉手仕舞ったお客さんの判断は正しかった。追証を差し入れた人は皆やられてしまった。どうでしょうか、もう一度やってみませんか。」という趣旨であった。こちらとしても望むところであり、了承した。ただ資金が不足していたので調達する時間が必要であり、8月に入ってから再挑戦することとなった。70万円の資金が用意できた。 私の担当となったのがU課長であった。U氏は本当に善人であった。無理に売買を勧めることもなく、淡々と対応してくれ、困ったときには親切に相談に乗ってくれた。NYの暴騰でコーヒーの売り玉がストップ高につかまって仕切れなかったときも、うまく処理してくれた。部長氏は万年強気で客には買いしか勧めない人であったが、U氏はそれを批判していた。 この年のトウモロコシは豊作で年末近くまで安値に低迷していた。シカゴではファンドが大きく売り越していた。年明けにこのファンドが買戻しをかけるから、東京も相当な上昇があるはずと、U氏は私に教えてくれた。情けないことに、当時の私は、部長氏のために人間不信に陥っていたので、U氏の情報も信じられず、買わずに売って、手痛い目にあった。 そうこうしながら、大損もせず、利益もあげず、もがいているうちに1年が経過した。(続) |
| 休日の朝・雑感 2004/11/03(水) 09:14:30 |
| | WTIをチェックしたら、$49.62(−0.51)と下げていた。昨日も石油を売り買い同枚数にするときに、多分NYは下げるだろうな、という感触はあった。しかし、休日前でしかも米国大統領選挙直前である。ケリー氏が勝てば戦略備蓄を一時停止するという、ブッシュ氏は継続である。防衛的建て玉管理を自分の信念としている以上、昨日のガソリンヘッジ買いはやむをえない。自分の方法では、一気の巨利を得ることはできないが、生き残る確立はより高い。辛抱・忍耐の方法といえるかもしれない。 小豆は7000円台まで買い下がるつもりで資金配分を考えていた。ところが思ったより早く上放れてしまった。まだ十分に買い玉を仕込みきれていない。わずか7枚の買いである。なかなかうまくいかないものである。 |
| 初めての8桁到達 2004/11/02(火) 21:11:01 |
| | 今日は、石油、小豆、大豆すべてが順行し、初めて、仮精算残高が8桁に到達した。記念として日記に記録しておく。
口座預託金 9,393,215円 値洗金 +1,005,300円 必要証拠金 4,919,000円 仮精算残高 10,340,889円
仮精算残高は、あくまでも今手仕舞ったらの話であり、確定したものではない。また、所得税を利益から取り出して支払わなければならない。こう考えると、当面の目標とした口座資金8桁は、まだ達成できたとはいえない。 |
| 本日の前場 2004/11/02(火) 12:35:48 |
| | WTIが再び急落した。昨日の灯油の売りがうまくいった。明日は休日であるので、ガソリン5月限をストップ安で3枚買って、石油製品は売り買い同枚数としておいた。 |
| 本日の取引 2004/11/01(月) 23:53:28 |
| | 粗糖の需給がリヒト社の報告で怪しくなってきたので、寄り付きで買い玉をすべて手仕舞い、損切りした。 石油製品は、新規に、ガソリン5月限3枚買い、灯油5月限6枚売り。実は、大引け近くに、ザラ場にもかかわらず、板寄せのような値動きで、売買がなかなか成立しないので、自分の考えていたような玉構成とならなかった。今は5分間ごとの板寄せになっているので、大引け近くの売買は危険であると思い知らされた。 Non大豆期先を新規売り建ち。 今日一日で、どういうわけか、値洗いだけは随分良くなった。 小豆は、内部要因から考えると、とても買える状況にはないが、最悪7000円まで買い下がるつもりでいるので気が楽である。 |
| 先物取引を始めたころ(3) 2004/10/31(日) 21:39:41 |
| | 手元に残った金額は1/3くらいであった。(その後、相場は更に暴落を続けた。追証を入れ続けていたら、破産するところであった。) この敗北は、金銭的なものよりも精神的なダメージが大きかった。家族に内緒で始めた事であり、妻に知られて、その後、家庭の平和を取り戻すのに大変な苦労をしたためである。 A.Elder博士の『投資苑』に、「成功するトレーダーになるためには、だれもがどこかで「大底」を打たねばならないのであり、それは早ければ早いほうが良い。」という趣旨の記述がある。私は、この最初の敗北で、(家庭の不和の原因を作ったため)精神的に大打撃を被った。夜、家を飛び出して街中を当てもなくさまよった。もう家に帰れないかもしれないとまで思いつめた。 そうこうしているうちに、時間の経過とともに、妻の怒りも沈静化してきた。私にも、むらむらと闘志が湧き上がってきた。相場の損失は、相場で取り返してみせるという決意が日増しに強固になってきた。無知の克服をしようと、関係書籍をむさぼり読んだ。当時、一番共感できたのが、林輝太郎氏の著書であった。林氏の書かれたものを手当たり次第に読んだ。トウモロコシの値動きを過去にさかのぼって、グラフに描いた。グラフ用紙に、各場節ごとの変動を、全限月にわたって記録した。ロウソク足ではなく折れ線グラフで、限月ごとに色を変えて記録した。すると鞘の動きがよく分かるようになった。図書館に通って、過去の日経新聞から、トウモロコシの価格とシカゴ相場、為替相場を自己流の場帳に書き写した。(続) |
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