| 先物取引を始めたころ(2) 2004/10/31(日) 19:53:24 |
| | 当時は1枚で証拠金が8万円であった。これなら何とかなると軽く考え、取引を承知した。その日の夕刻、外務員のW氏が喜んで書類を抱えてやってきた。私は性格的にゆったりできないタイプなので、その場で必要事項を記入し、印を押し、証拠金の8万円も手渡し、トウモロコシを翌日の寄り付きで成り行き買いを依頼した。それ以後、日経新聞が大変気になるようになったのは言うまでもない。 ビギナーズラックと言われるが、私もその恩恵にあずかり、利が乗り始めた。そこで欲を出し、自ら更に3枚の買い注文を出した。証拠金も32万円となった。小額とはいえ、満玉を張っていたのであった。 無知な大衆に利益をもたらすほど相場は甘くはない。間もなくシカゴの青田ぼめで、価格の急落が始まった。満玉を張っているのであるから、追証の発生に対応できない。部長氏から電話があり、追証が発生したので、入金してほしい旨の連絡が入った。私は、電話口で怒り狂った。「今買えば絶対に利益が出る」と約束したではないかと。私は、「信用できないから、直ちに全玉を手仕舞ってくれ」と怒鳴った。部長氏は執拗に手仕舞うことを渋り、追証を入れるよう迫った。私は気が強い方であるので、ケンカなら負けない自信があった。電話口で怒鳴りまくり、相手を根負けさせ、全玉手仕舞うことができた。もっとも、自己責任という説明は聞いていたから、自分をも強く責めた。(続) |
| 先物取引を始めたころ(1) 2004/10/31(日) 13:05:25 |
| | 自分が商品先物取引を始めたころの経緯を記録しておきたいと思うようになった。現在のようなネット取引に移行する前のことである。 1999年6月のある日、勤務先の自室に突然電話があり、商品先物取引の勧誘があった。こりまで株もやったことがなく、全くの無知であったので断った。2、3日後、同一人物から再度電話があり、近くまで来ているので会うだけでよいから顔を見てやってくれという。人の良さそうな印象であったので会うだけだという条件で勤務終了後に会うことにした。 C社(現在は社名変更)の外務員Wであると自己紹介をしたが、新卒間もない気の弱そうな好人物であった。一通り売買の仕組みを説明した後、トウモロコシの買いを勧めた。 私は、利益を上げる人の割合は何%くらいかと訊ねた。W氏は一瞬困った表情をしたが、60%くらいですと答えた。私も無知であったので、トウモロコシの価格の上下くらい簡単に予測できるものと考え、この先物取引は面白いと思った。 そこで、試みにやってみよう言ったところ、W氏は10枚買ってくれと言った。それが最低単位だという。私は怒った。そんな大金をリスクにさらすわけにはいかない。W氏には帰ってくれと言って、その場は終わった。 ところが、翌日、C社の部長氏から電話があり、外務員Wの非礼を詫び、1枚で良いから、トウモロコシを買ってくれという。絶対に損はさせないと言った。(続) |
| 10月の成績 2004/10/30(土) 16:18:14 |
| | 10月の確定損益は次のとおりであった。
石油 ・・・ +896,486円 大豆 ・・・ + 14,328円 白金 ・・・ + 11,110円 コーン ・・ − 89,200円 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 総計 +832,724円
今年当初資金に対する10月の損益率 + 24.0% 今年当初資金に対する今年通算の利益率 +170.4%
今月も反省することが多い。月末の石油の暴落を全く取れなかったことが最も悔やまれる。しかし、今月でも、自分の月給よりは多く利益をあげているのであるから、贅沢を言ってはいけない。 このサイトの住人には、自分よりも桁違いに成績の良い方たちがおられるので、どうしても上を狙いすぎてしまう。ほどほどで満足することも大切であろうと思う。 |
| 富山から帰着 2004/10/29(金) 21:45:11 |
| | 富山への出張から、先ほど帰着した。 富山市内から眺める新雪の立山連峰の気高い美しさは格別であった。夜は地酒と美味い新鮮な魚料理に満喫した。バイ貝の特大の煮付けは逸品であった。 石油は、新規に売ろうとしたが、バリバリのストップ安で玉が入らず。暴落を指をくわえて眺めているのみ。 粗糖期先を少量買った。 |
| 続 2004/10/26(火) 22:10:16 |
| | 今日はstruddleの成功はよかったが、他につまらぬ失敗をした。灯油の片張りの売りを仕掛け、担ぎ上げられて直ちに損切りしたことである。結局、トータルで66,330円の利益で終わった。たまに時間があるとつい余計なことをしてしまう悪い癖がある。 明日からは3日間、富山へ出張である。また、i−mode頼りの不便な生活を強いられることになる。日記も書けない。 |
| 石油製品5月限発ポ 2004/10/26(火) 21:40:03 |
| | 5月限は始値がどうつくか予測が難しかった。気配値から鞘を算出すると、とても買える鞘ではなかった。そこで、試みに売ってみた。寄り付き成り行きで、kero-gas(May)のstruddleを仕掛けた。鞘が4,530円で寄り付き、その後、予想通り縮小した。鞘が4,040円となったところで手仕舞い利入れとした。 一般大豆期先を新規買い。 |
| 石油製品5月限発ポ 2004/10/26(火) 21:30:44 |
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| 本日の取引 2004/10/25(月) 22:50:43 |
| | コーン期近売り、期先買いのspread取引は、どうも自信がなくなった。自信のなくなった玉を放置するのはよくないので、コーン全玉を手仕舞った。86,612円の損失であった。 ガソリンの暴落納会を見て、後場寄りで12月限を売って、ストップ安のときに手仕舞った。わずか1枚であったので、利益も66,056円とわずかであった。 買い下がるつもりの小豆を更に買った。 |
| 敗者の供給 2004/10/24(日) 14:48:31 |
| | A.Elder博士は、『投資苑』の中で、「マーケットは敗者の新たな供給を常に必要としている」「敗者がマーケットにお金をせっせと運び込むこと、それがトレーディング業界の繁栄のためには不可欠なのです。」と述べている。 このところの石油の乱高下で、海外ヘッジファンドが我が国の一般投資家の資金を吸い尽くしているように思える。高い確率で敗者となるべき一般投資家を市場から退場させてしまっては、この業界の繁栄の為の絶対条件である『敗者の供給』に支障をきたすことになる。 一般投資家の大半が石油で敗退し、市場から撤退してしまうと、今度はファンド同士が熾烈な戦闘を繰り広げることになる。そうなると一部に生き残っている個人投資家も、勝ち残ることは容易ではなくなる。 海外ファンドの横暴を規制する必要があるかもしれない。 |
| 週末 2004/10/23(土) 15:20:23 |
| | WTIが再び$55を超えてきた。本当にしぶとい。天井をなかなか打たない。売りたいが、この状況では担ぎ上げられそうである。 シカゴのコーンが重い。東京も底を打ったように見せかけただけか。難しい局面である。こういうときは動かないことが大切である。 |
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