秋山昇 さんの日記

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今日の売買  2009/09/18(金) 00:10:40
 金6月限を3000円丁度で1枚仕切り。
残玉、金6月限買い2枚、金8月限買い1枚。

さて  2009/09/16(水) 00:54:01
 まだ山の気分から抜け切れない。仕事中にも、ついボーッとしてしまう。
http://middleagetozan.com/100/500/
この番組、今回、救助ヘリで亡くなられた方を思うと涙が出てくる。

12月くらいまで忙しいので、とりあえず山はまた来年だな。奥穂〜西穂縦走は来年の7月下旬あたりに再挑戦しようという話になった。それまでは体力増強に努めよう。でも、1月か2月くらいに医王山あたりで雪中ビバークの練習でもするかも。

新婚旅行はパソコンを持たずに行く予定。相場をやっていたら、ネットから切り離されて旅行するなんて考えられなかった。相場に対してはなかなか気分が盛り上がってこない。でも、旅行から帰ってきたら、ぼちぼち取り掛かろうかと思う。

日本アルプス 後記2  2009/09/15(火) 09:28:45
 前穂〜奥穂間の吊り尾根で更に二人亡くなられている。
12日に上高地から入山したようなので、自分達と全く同じルートと日程である。一人が滑落し、もう一人が助けに行こうとして凍死したようだ。
みるみる体温が奪われて行くあの状況では、滑落した時点でほぼ助からない。助けようとすると二次遭難するので、厳しいようだが、助かった人は山小屋まで行って救助を頼むしかない。

近年、山で(特に中高年の)遭難が増えていて、覚悟や経験や装備などが不十分のまま安易に難度の高い山に登ろうとするからだと非難の声が聞こえてくる。わざわざ命の危険のある場所に行くのだから、何があっても自業自得で、救助なんかする必要は無い、などという極論を述べる人までいる。
しかし、事故が起きる原因が、実力や装備が不足していることだけとは言い切れない面があるのも事実である。どんな熟練者でも事故に遭う確率がゼロではないのが現実だ。自分は今回は命の危険までは感じなかったが、それでも同じルートを同じ条件で1000回くらい歩いたら、一回くらいは死んでいたかもしれない。
ジャンダルムの救助ヘリの事故で、救助を求めていた登山者を非難するような意見をいくつかネット上で見かけたが、救助の際の事故は救助活動の問題点として議論すべきであり、登山者が遭難したことはヘリの事故とは別の問題である。そもそも、自業自得だから救助などするなというなら、海水浴で沖に流された人や、バイクで事故った人も助けなくてよいということになる。どんなに完全な状態で臨んでもある一定の確率で山岳事故に遭う可能性は残るので、救助の必要性自体を否定するような極論には同意できないと、個人的には考える。

ただ、今回、救助ヘリでなくなられた方や上記の凍死された方のケースのように、遭難した場合には自分だけの問題では済まず、他の人の命をも巻き込んでしまう可能性が高いので、安易な登山でリスクを増やすことが無いように厳に心するべきなのは当然である。100%は無理にしても、事故の確率を限りなく減らす努力を怠ってはならないと改めて思った。自分も、ついつい、いい加減になってしまうので、反省しないといけない。

日本アルプス 後記  2009/09/14(月) 10:34:37
 ちょっと考えてしまうのは、今回は岳沢から登ったので事なきを得たが、もし涸沢から登っていたらどうなっていたかということ。二日目の朝、西穂への縦走は無理にしても、せめて帰路は奥穂を登って岳沢から下りようと思い、凍結した危険な道を進んでいたのではないか。もしそうしていたら、小屋までは風も大して強くないが、稜線に出た瞬間に猛烈な風に遭遇したことになる。徐々に風が強くなるなら対応できるが、滑り易い路面で急に強風に遭遇したら滑落していた可能性もゼロではない。
山頂まで残り30分で行けるところを諦め、別ルートを楽しまず、来たのと同じ道で帰ることになろうとも、撤退すべき時は撤退するべきだということである。
恐らく今回のメンバーならそういう状況でも撤退はしたと思うが、涸沢から登ると、小屋から奥穂へ向けて稜線に出る瞬間が強烈な風との最初の突然の遭遇になるので、その瞬間が少々危険だったかもしれない。

日本アルプス 二日目  2009/09/14(月) 04:16:21
 05:00 起床。予報は晴れの筈だが、雨と風は昨日とあまり変わらない感じである。ガスも出ている。西穂への縦走路を行く場合、余裕を見て西穂山荘まで10時間とすると、遅くとも6時半には出発しないといけない計算になる。実際に6時半まで様子を見たが、状況は特に変わらず。最初に決行条件とした、天候、視界、路面の乾燥状態、風の強さの、全てが不可ということで、縦走路は断念。涸沢経由で上高地へ下りることにした。
7時頃、どなたかお医者様はおられませんかと山小屋の人が呼びかけていた。今回同行した友人の友人が医者なので、名乗り出たところ、山小屋の近くで滑落した人が発見されたので診てもらいたいとのことであった。これによりしばらく待機となったので、昨日の本の続きを読んだ。滑落した方は既に亡くなっていたそうだ。奥穂への登山道は凍結していて岩の表面に氷が張っていたらしい。滑り易かったのだろう。あと、一昨日にジャンダルムで遭難した方も亡くなられたと聞いた。山における死というものをこれだけ近くで感じたのは初めてである。
08:40 亡くなった方の手続きも終わり、下山開始。雨は上がったようだ。ザイテングラートを下りて涸沢へ。涸沢カールの中に入ってしまうと風も大して強くない。そのうち晴れ間も出てきた。
10:20 涸沢小屋着。前穂から北穂の雄大な景色を眺めながら、穂高岳山荘のお弁当のちらし寿司を食べる。美味い。雲がかかって前穂しか頂上まで見えないのが残念。反対側を見ると蝶ヶ岳と常念岳が見える。妻と二人で涸沢小屋あたりで泊まるのもいいかもしれない。運動は苦手なようだけど、ここまでなら上高地からそれほど高低差は無いので歩けると思う。
10:40 涸沢小屋を出発。本谷の楽なコースではなく、パノラマコースで戻ることにした。所々荒れた箇所もあるが、特に問題にはならない。
11:50 屏風の耳に到着。360度の絶景である。槍が一瞬だけ見えたが、奥穂はずっと雲がかかっていた。
12:10 しばらく景色を楽しんで、出発。膝が笑って辛いが、頑張って下りる。
14:20 徳沢に下山完了。怪我も無くて良かった。今回は山の厳しさを垣間見たような気がする。晴れてれば何の問題もないのだが、悪条件を考えると、もうちょっと防寒対策を考えた方がいいかもしれない。あと、もう少し体力をつけた方が安心できるような気がする。
16:00 上高地着。ここで解散。

平湯温泉行きのバスに乗り、終点の平湯温泉で下車。ここで高山行きのバスに乗り換えるのだが、乗り換え時間が30分ほどある。実はバスターミナルの三階は温泉になっているのである。数十分に600円払うのは高いような気もするが、今はその価値があると考えて入浴した。10分で体を洗って10分だけ露天風呂に浸かったが、めちゃくちゃ幸せな気分になった。
急いでバスターミナルに戻り、高山行きのバスに乗る。この高山から富山までがもの凄く乗り継ぎが悪く、猪谷という駅で1時間半ほど待たされた。結局、金沢駅に着いたのは0時を過ぎていて、タクシーで自宅まで帰ってきた。

日本アルプス 一日目  2009/09/14(月) 03:16:48
 04:10 起床。寝坊してしまった。コンビニで、ネギトロ巻き、おにぎり二つ、パンを二つ、チョコレート1枚、カロリーメイト二箱、お茶3リットルを購入。
04:30 松本駅で友人、友人の友人と合流。今回はこの3人で行動する。
04:40 始発電車で松本から新島々へ。車内でネギトロ巻きを食う。ホテルで貰った朝刊を見ると、ジャンダルムで登山者が動けなくなり、救助のヘリが墜落して乗っていた人が3人死亡したという記事が出ていた。
05:10 新島々でバスに乗り換え、上高地へ向かう。
06:30 上高地着。かなり雨が降っている。明日の予報は晴れなので、ひとまず穂高岳山荘までは計画通り登ることにする。ジャンダルム周辺が現場検証のため、奥穂から西穂への縦走路は通行できないかもしれないという情報を聞いた。
07:00 上高地を出発。岳沢に沿って登る。雨が嫌だ。
08:50 岳沢ヒュッテ跡に到着。せめて屋根くらい残っていて、雨宿りしながら休めるかと思ったが、石垣しか残ってなかった。仕方が無いので休まず先に進む。ここから鉄梯子や岩場の鎖場の連続で一気に高度が上がり、空気が薄くなっていくのが体感できる。普通に呼吸していても浅い呼吸のような感じである。森林限界を超えたあたりから雨と風が酷くなってきた。服を4枚重ね着してもどんどん体温が奪われていく。眼鏡を拭いても雨で一瞬で見えなくなる。何度かルートを外れそうになりながらも何とか登っていく。素手なので手が冷えてくる。滑落したら一貫の終わりである。手で岩を掴みながら慎重に登っていく。先に進むことが最優先と考え、前穂高岳は登らずに側面ルートを通り、吊り尾根へ。岩陰で少し休憩したら、体の震えが止まらなくなった。チョコチップパンを少し胃に入れてすぐに出発。岩陰といえど風は強い。止まっているだけで体温が下がっていくので、動き続けるしかない。動いていれば体の震えは収まる。ここから先はもう無心に岩場をよじ登った。どれだけ時間が経ったかわからない。
13:00(推定) 風と雨が轟々と吹き荒ぶなか、時間の感覚が無くなった状態で、ふと気付くと大きなケルンの横を通過。そこが奥穂高岳山頂であった。前を歩いている友人は山頂の標識にすら気付かず通り過ぎて行った。時計を確かめる余裕も無く、登頂時刻は推定である。山頂で立ち止まることもなく、先を急ぐ。と、山頂を越えて向こう側に出た途端、猛烈な風が吹いていた。雨粒が顔に刺さって痛い。霰が顔に当たって痛いことは金沢でも良くあるが、雨粒が痛いというのは初めてである。風速何十メートルくらいあるのだろうか? 進むには危険を感じる風速だが、止まっていると低体温で死ぬしかないので、風で煽られないように手で岩を掴みながら慎重に進む。山頂から鎖や梯子で一気に200mほど下りて、やっと下の方に穂高岳山荘の赤い屋根が見えてきた。
13:30 穂高岳山荘着。体力はまだ残っているし、握力も足の力も落ちていないし、意識もしっかりしていたので、命の危険があるほどではなかったが、もし奥穂を越えてから道を間違えたりして、あと2時間あの強風の中にいたら命は無かっただろうと思う。実際、視界も良くなく、一度道を間違えかけた瞬間もあった。低体温症で力が入らなくなったら、もう小屋まで辿りつけない。あの鎖場では、同行者が背負って運ぶのも無理である。中高年のあまり体力の無い登山者で、奥穂を登り切った時点でへばってたら、もう進退窮まるだろうなぁ。
奥穂を越えてからの強風でも、滑落する危険は特に感じなかった。やはり素手で岩を掴んでいると相当の安心感があるし、実際にも手袋をしているより確実にグリップできると思う。ただ、指先がどんどん冷えていくのが問題だが。

小屋では、いくらストーブにあたっても体の震えが止まらない。暖かいお茶を飲んでようやく人心地ついたが、それでも収まらない。風邪を引いたような少し違うような、子どもの頃、一日中プールで遊んでいて帰ってきたときになったような喉の痛みがある。服を着替えて、乾燥室の温風の吹き出し口で暖まっていたらようやく震えが止まった。やはりそれなりに体温が低下していたようである。
今回、何度か道を間違えかけたが、3人のうちすぐに誰かが気が付いて修正することができた。悪条件の場合には複数で行動することが単独行に比べて大幅にリスクを軽減することを実感した。
晩ご飯を食べたら急激に体の調子が良くなり、完全に回復した。
食事の後は、ストーブにあたりながら、山小屋の本棚にあった、三俣山荘撤去命令を撤回させる会「山小屋はいらないのか」、羽根田治「ドキュメント滑落遭難」を読んだ。読んでいる途中で消灯時刻になったので就寝。

日本アルプス 前日  2009/09/14(月) 01:45:41
 日本アルプスに登ってきた。長い3日間だった。
最近の山行は今回の登山の準備運動のようなものである。

ルートは、上高地から岳沢に沿って登り、前穂高岳に寄って奥穂高岳に登り、穂高岳山荘で一泊、翌日は再び奥穂高に登り、ジャンダルム、西穂高岳と縦走し、時間が間に合えばロープウェイで新穂高温泉に下りる、ロープウェイに間に合わないなら西穂山荘に泊まって翌日下りるという予定であった。
奥穂〜西穂縦走は一般登山道の中では最難関と言われており、若干不安を感じないでもなかったが、今回同行する友人とその友人が熟練者であることと、縦走開始の時点で、雨が降っているかガスが出ているか岩が濡れているか強風が吹いているかの、どれか一つでも悪条件があれば中止するという条件で決行することとなった。

午後早めに仕事を切り上げ、松本へ向かった。金沢−松本って本当に連絡が悪い。夜にようやく松本着。友人と合流して蕎麦を食った。ホテルに戻り、風呂に入って9時には就寝。

山サイ  2009/09/09(水) 11:41:33
 姉貴募集さん、サイト拝見しました。
メジャーな山ではだいたい持ち込み禁止になっているみたいですが、そんなに有名じゃない山では、たまに自転車を担いで山に登っている人を見かけますね。
登りは担いで登って、下りはテクニックを駆使して下りるんでしょう。

今、僕が個人的にやってみたいと思っているのはクライミングですね。
暇なときを見つけて講習を受けてみたいです。

医王山  2009/09/08(火) 22:42:38
 有休を取って、登山靴を慣らすために医王山に登ってきた。
バスで医王山スポーツセンターまで行き、9時に歩行開始。
見上峠登山口から山道に入る。と同時くらいに雨が降り出した。予報は晴れだった筈なのに…。しばらく大きな杉の木の下で雨宿りするが、止む気配が無いので、諦めて進むことにする。
医王の里、西尾平、シガラ首、覗を経由して大沼へ。覗といっても霧と雨のせいで何も見えず。
ここから急傾斜の岩場(鎖場)を鳶岩まで登るのだが、雨天時はかなり危険とのことなので、大沼の休憩所で待機。大沼はなかなか神秘的な沼である。沼の中で水面上に出ている岩が浮いているように見える。娘が引きずり込まれて蛇になったという話があるらしい。泉鏡花の小説にもここの沼が出てくるらしい。何も暇潰しの道具を持って来てなかったので、昼飯を食べた後は休憩所のベンチで1時間ほど昼寝した。
起きると雨が止んでいたので、まずは三蛇ヶ滝へ。小ぶりだが、なかなか良い滝である。滝を見終わり、いよいよ鳶岩へ。45度くらいの急斜面の鎖場を100mほど登る。後ろを振り返ると思わず足がすくむ。滑ったら確実に死ぬが、岩場には凹凸が結構あるので、三点支持を心掛ければ問題は無い。鎖は念のために持っておくというくらいで。
登山開始からここまで特に疲れる場所も無い割に見所は多く、この山は子供連れで来るには丁度良いかもしれない。もちろん鎖場は無理だが、迂回ルートがある。
鳶岩から白兀山へ向かうあたりで、また雨が。しかも今度はかなり本格的に降り出した。雨宿りする場所も無く、全身ずぶ濡れである。白兀山頂ではお地蔵さんにお参りするだけで先に進む。休みたいが休む場所も無い。
途中で、女性二人と女の子一人が立ち往生している現場に出くわした。どうやら小学校低学年の遠足か何かのようで、みんな先に行ってしまい、女性の先生二人と女の子が取り残されたようである。女の子は疲れて動けなくなってしまい、意識も朦朧としているようだ。携帯も圏外で、先行集団には連絡がつかない様子。手助けして下さいと頼まれたので、その子を背負ってしばらく歩いた。途中から携帯の圏内になって連絡がつき、更にしばらくすると男性の先生が戻って来たので交代した。詳しい事情はわからないけど、生徒が怪我をしたりした場合に背負って行けるように、男性の先生を最後尾に配置するのは当然だと思うんだけどなぁ。
しばらく歩くと夕霧峠の休憩場に出たが、休憩所には、はみ出さんばかりに小学生が密集して待機しており、とても休むようなスペースは無さそうだったので、雨はザザ降りだけど先に進むことにした。
ここから奥医王山へ。特に問題なく山頂に到着。雨も相変わらずなので、先を急ぐ。山頂から一気に谷に下り、沢伝いに下っていく。結構危険なので初心者は禁止の道である。途中から沢を離れてまた一山登り、そこから下って栃尾集落跡に出た。下っている途中で雨は上がった。下山は15時半くらい。
誰もいないので、泥だらけの上着とズボンを脱いで水道でジャブジャブ洗った。しばらく休憩し、車道をテクテク歩いて下る。丁度、いつも行ってる浅野側温泉湯楽の湯に出たので、ゆっくり温泉に入り、湯涌温泉の付近まで歩いて、バスで帰ってきた。

医王山には、初心者向けではないコースも所々にあるが、それ以外は歩き易いので子供連れにも良いと思う。林道が多く走っていて、今日通った場所のうち、見上峠登山口、医王の里、西尾平、夕霧峠は車でも直接行ける。

一ヶ月ぶりに  2009/09/06(日) 20:59:39
 愛車を動かした。
いつも間を置くと乗り始め調子が出ないことが多いのだが、今日はなぜかやけにエンジンの調子が良かった。理由はわからんけど機嫌が良いようだ。
現代の車には調子もへったくれも無いんだろうけど、こっちはいつもご機嫌を取りながらである。
距離計の調子が悪いのでメーターを取り外した。どこが悪いかチェックしないといけないんだけど少し面倒だな。NE555あたりでパルスジェネレータを組んで動作チェックをするか。部品箱を探せば部品は多分ある筈。

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