| (無題) 2011/01/06(木) 17:49:05 |
| | 10年間引きこもった結果、大人になってから足のサイズが大きくなって、28cmとなってしまった。。。そりゃ10年間、靴をほとんど履くことがなかったら、足も伸び伸びしますよねぇ(T_T)。大人の幼稚園(通称・精神科デイケア)に週2回、定期的に通うようになったので、雨の日用に革靴を新たに買おうとしたのだが、28cmだとダサいデザインの靴しかないのである(プンスカ)。どうやらアマゾン漁りでもしないと、オサレな靴は買えなさそうである。しか〜し、試し履きもしないで靴を買うなぞ、昭和生まれの俺には考えられん。聞くところによると、アマゾンで靴を買う場合は、複数個注文して、ぴったりフィットするものだけを残し、その他は返品するそうな。
俺からすると 工エエェェ(´д`)ェェエエ工 なのですけど (´ε`;)ウーン…
イトーヨーカドーの新春初売りで、靴が50%オフで買えるのが、1月15日までなのでそれまでにどうするか考えよう。。。ところで「仁志はカッコイイ靴が買いたいのなら、イトヨーカドーで探すこと自体、間違ってるんじゃないの???」な〜んて、ヤボなツッコミは無しでお願いします!☆彡(キラキラキラ) |
| (無題) 2010/12/26(日) 16:56:00 |
| | 20代前半の頃、300人以上道場生のいた高田馬場にあったブラジリアン柔術の道場で稽古していた。NO.1はSさんで北海道から出張できていたビジネスマンだった。月に3〜4回ほどぐらいしか稽古に来なかったけど、Sさんは別格だった。高校のクラブ活動の3年間だけで柔道3段になったとういう化け物だった。小太りな人で笑うと目が大橋のぞみちゃんそっくりな人だった。NO.2はH君で、現在6つの道場を持ち、ブラジリアン柔術協会の理事で、現役時代は「技のおもちゃ箱」と呼ばれていた。そしてNO.3がオレだった。大学を留年して、稽古以外は一日中家に引きこもって、15本くらいのビデオと当時入手可能な範囲の寝技の本を研究していた。しかし道場に友達は一人もいなかったので、全ての技はスパーリングで実験してマスターした。(鉄砲玉は一人いた。彼には道場を去る直前に体育館で個人的に稽古し、研究ノートをチラッと見せ、所有していたビデオを全て譲った)そしてモノにした技は「小手絞り」「浅野返し」2つのみ。これで充分だったのである。
12年間で相場書籍150冊読み、実験売買を繰り返した結論は「穀物のサヤ取り、テルテル式分割売買」。そういう訳で、昔からオレは何も変わっていないのかもしれない。 |
| (無題) 2010/12/25(土) 01:54:09 |
| | 泣いた赤鬼
山の中に、一人の赤鬼が住んでいました。赤鬼は、人間たちとも仲良くしたいと考えて、自分の家の前に、 「心のやさしい鬼のうちです。どなたでもおいでください。おいしいお菓子がございます。お茶も沸かしてございます。」と書いた、立て札を立てました。
けれども、人間は疑って、誰一人遊びにきませんでした。赤鬼は悲しみ、信用してもらえないことをくやしがり、おしまいには腹を立てて、立て札を引き抜いてしまいました。そこへ、友達の青鬼が訪ねて来ました。青鬼は、わけを聞いて、赤鬼のために次のようなことを考えてやりました。
青鬼が人間の村へ出かけて大暴れをする。そこへ赤鬼が出てきて、青鬼をこらしめる。そうすれば、人間たちにも、赤鬼がやさしい鬼だということがわかるだろう、と言うのでした。しかし、それでは青鬼にすまない、としぶる赤鬼を、青鬼は、無理やり引っ張って、村へ出かけて行きました。
計画は成功して、村の人たちは、安心して赤鬼のところへ遊びにくるようになりました。毎日、毎日、村から山へ、三人、五人と連れ立って、出かけて来ました。こうして、赤鬼には人間の友達ができました。赤鬼は、とても喜びました。しかし、日がたつにつれて、気になってくることがありました。それは、あの日から訪ねて来なくなった、青鬼のことでした。
ある日、赤鬼は、青鬼の家を訪ねてみました。青鬼の家は、戸が、かたく、しまっていました。ふと、気がつくと、戸のわきには、貼り紙がしてありました。そして、それに、何か、字が書かれていました。
「赤鬼くん、人間たちと仲良くして、楽しく暮らしてください。もし、ぼくが、このまま君と付き合っていると、君も悪い鬼だと思われるかもしれません。それで、ぼくは、旅に出るけれども、いつまでも君を忘れません。さようなら、体を大事にしてください。どこまでも君の友達、青鬼。」
赤鬼は、だまって、それを読みました。二度も三度も読みました。戸に手をかけて顔を押し付け、しくしくと、なみだを流して泣きました。
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けれども、青鬼くんには、行きたいところもないし、尋ねる友達も誰もいないので、こっそり、そのまま家に引きこもっていました。そうして、迷子のニャンコと一緒に、アニメを見て2ちゃんで遊んでるうちに、ネット弁慶となってしまいましたとさ。
めでたくは・・・無い。。。 |
| (無題) 2010/12/24(金) 06:29:59 |
| | 「相場師 引退」でググッて、こんなブログを発見した
「サヤ取りの国」 http://spred.han-rei.com/kawase/mon3.html
〜引用〜「小さな利益の積み上げが馬鹿らしくなって途中でサヤ取りを止めてしまう。その後の勝負で大負けをする。「サヤ取り失敗者」と書いてしまいましたが、実際のところ「サヤ取り」ではルールを守って売買する限り大損はほとんどしません。実は、「サヤ取りそのもので失敗した相場師」の話しは聞いた事も読んだ事もないのです。それだけ、サヤ取りという投資法は大失敗しにくい投資法だといえます。でも、サヤ取りはとても地味な売買でもあるため、続けていける人が少ないのも事実です。多くの失敗者は「サヤ取りを止めた後」に派手に動いて大損しています。サヤ取りそのもので失敗するとすればこういう程度の事はあります。〜引用終わり〜
現役を出来るだけ長く続けたいならサヤ取り相場師を目指すが吉かもしれない。 振出しに戻った・・・/(^o^)\ナンテコッタイ |
| (無題) 2010/12/17(金) 03:05:26 |
| | 「相場戦略研究所〜相場師引退」 http://blogs.yahoo.co.jp/nihonsenryaku/56880342.html/
以下コピペ かの大投機師 紀伊国屋文左衛門は50歳で引退している。 戦前の錚々たる相場師達も50歳前後で相場から足を洗っている。
成功者の福沢桃介は40歳、望月軍四郎は44歳で引退、田中平八は51歳で死去。根津嘉一郎の人生の後場は実業家であった。 太田収は48歳で自殺、渋沢喜作は51歳、薮田忠次郎は48歳で破産、鈴木隆先生も52歳で敗退した。
「投機は一生続けるものではない」(高橋彦次郎) 40後半から50前半は相場師の曲がり角なのである。
岡部寛之氏は、『大儲けの極意』に、こう書いている。 「定石を体得し、実践で鍛えられた相場師が、なぜ敗北したのか。 これは5、60歳を越しても、なお相場の世界に足を突っ込んでいたからだ。 老いたアルピニストが、いつまでも若い者と同じように山に登り続ければ、いつかは遭難する。 相場もそうだ。 年をとれば判断力、決断力、自己制御力が鈍り、アクセルもブレーキも効かなくなる。このような状態で、壮年期と同じ姿勢で勝負に出れば敗北するのはむしろ当然のことだ。」
だから、全損しても再起できるように資金を限定しなければならない。
☆小豆相場のプロ 立川さんの資金管理 商品会社に預けてある資金は3000万円。 売買は最高で30枚。資金の10分の1に過ぎない。 利益金が増えて、預け金が3500万円になったら500万円引き出して、 それを生活費として、余った金は貯金する。 その貯金が20年間で7億円になったのである。(研究部会報99.9 p77)
☆相場に秘伝ありとすれば 己の脳力の低下を知り、資金を限定することである
老相場師の最大の敵は無能化した自分である。忍耐力を喪失し、刹那的売買になりがちである。 歳を取って視力が落ちれば、それに比例して脳の働きも鈍っている。 増大する損失に耐えられずに大きな損をすれば、精神的に消耗、疲労し、何をやってもうまくいかなくなる。 何もせずに休んで、市場と自分が冷静さを取り戻すのを待って動き出せばよいのだが、老化により、それができなくなっている。
相場というものは 計画的な建玉以外は儲からない。 体調と精神状態が良くなければ儲からない 運が良く、ツキがなければ儲からない 負けが続いているときに、損を取り戻そうとすれば致命傷になる ものである。 〜引用終わり〜
スタンレー・ドッケンミラー氏は57歳で引退。奇しくもジェシー・リバモアは57歳で4度目の破産、その6年後ピストル自殺。 オレに残された時間ももはや大して残っていないのかもしれない。/(^o^)\ナンテコッタイ |
| (無題) 2010/11/28(日) 15:45:59 |
| | 今年の1月頃パスポート申請のために写真を取り、再び昨日、障害者手帳更新の為に写真をとったのであるが、人相がすっかり変わっていてビックリした。自分で見ても何か狂気を感じさせる顔に変わっている。思い当たるフシといえば、常用している向精神薬を変更したことである。向精神薬の再変更を考慮したほうが良いのだろうか?木曜日に中谷先生に相談しよう・・・ |
| (無題) 2010/11/25(木) 06:43:12 |
| | 映画「シンドラーのリスト」にて1100人以上のユダヤ人を救った主人公が「もっと救えた、これを売れば、もっと沢山救えてた、、、」とラスト・シーンで嘆き悲しんでる場面が特に印象に残っているのだが、ところでお釈迦様の掌には水かきが付いていてるという。そしてその水かきはより多くの人を救う為のものであるそうな。お釈迦様でさえ水かきのついた掌でもって全員救えるわけではないのだからシンドラーはよくやったと思う。だからオレもせめて自分を頼ってくる人ぐらいは・・・・・・ヒキコモリには縁のない話か(汗)
ソロスの著書を読んでも、何を言ってるのか、何をやってるのか、さっぱりわからない。しかしソロスの顔を見て「ホントいい顔してんな」と思う。TV討論会で顔を見たのだが、共産党の市田書記長も「あぁ人相いいなぁ」と思う。当然マルクスレーニン主義なぞ理解していない。「30過ぎたら男は自分の顔に責任を持たなくてはならない」とは真実の一つなのであろう。ソロスなり市田書記長なりの「人助け」を続けた結果、現在の人相となり、オレのような「人の手無くしては生きていけない」人種を惹き付けるのかもしれない。。。 |
| (無題) 2010/11/23(火) 17:46:11 |
| | 現在ほとんど本を読むことが出来ない状況で、「欲望と幻想の市場」を一日一章読むのがやっとだ。しかしそれも毎日は読むことが出来ず、飛び飛びである。という訳で(どういうわけで?)余った時間をネトゲに費やすことにした。「テキサス・ホールデム」マーケットの魔術師たちの愛するポーカー・ゲームである。本日アマゾンより「ポーカー教室」が届いたのだが、モバゲータウンのトラブルで「テキサス・ホールデム」のサーバーにアクセス出来ない状況が続いている。という訳で「ポーカー教室」はしばらく積ん読となってしまいそうである。ところで、アマゾンにて相場書籍を中心に180冊以上のレビューを書いている、シンガポール在住の是富金蔵氏も昼休みにオンライン・カジノにて「テキサス・ホールデム」をしているそうな。それから書籍「市場の神々」で知られる堀内昭利氏はオザークス大学の寮生内ポーカーにてNO.2プレイヤーだったという。
・・・ポーカーかぁ、、、マスターしたいなぁ・・・。でもねぇ、、、相場が上手くなる事が本筋のような気もするしねぇ・・・。ちなみに麻雀はモノに出来なかった(汗)フリーの雀荘で、全くテンパイに気づかずに国士無双に振りこんで以来、卓は囲んでいない、、、 |
| (無題) 2010/11/21(日) 09:22:52 |
| | 高度に洗練され極めて投機的な市場となったFX市場において、ファンダメンタルズの材料が日毎矛盾されて用いられる一方、テクニカル上意味のあるポイント、節目を規則的に動くのは興味深い。テクニカル信奉者の想像する世界とは50年後100年後の市場なのかも知れない。
ところでエルダー博士は「投資苑」において「テクニカル分析とは市場心理分析である」と定義していた。人間の心を理解するAIが開発された時が相場師廃業の時なのであろう。……まだ大丈夫だよね?老後の蓄えが出来るまでは待ってほしい。。。(;´Д`) |
| (無題) 2010/11/18(木) 10:06:26 |
| | 突然相場が怖く無くなった。キッカケはネットで目にした将棋棋士・羽生善治氏の言葉だった。
〜「プレッシャーはその人の持っている器に対してかかるものだ。器が大きければプレッシャーを感じることがないはずだ」と自分に言い聞かせています〜、との言葉では無く
〜精神的プレッシャーには、開き直りで立ち向かう〜、との言葉だった。
「器を限りなく小さくしたい。最終的には無くなってしまえばいいと思う」などと普段から考えているオレにとっては「全力で開き直る」事など容易である。そういう訳で精神的ストレスは大幅に減った。一方、器は・・・小さいままで良いと思う(汗) |
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