筋の通らない祝日 2007/04/30(月) 20:59:33 |
| 昨日は今年から「昭和の日」であった。読売新聞の社説に(はっきり読んでいないが)「左翼勢力の抵抗を排して晴れて昭和の日になってめでたいことだ」と書いてあったように思う。しかし私に言わせれば、「昭和の日」ほど傲慢な、筋の通らない祝日も珍しい。だいたい、昭和の日が必要であるならば、「明治の日」や「大正の日」はなぜ存在しないのか。われわれの祖先の生きた時代に対して十分な思いをはせるつもりであるなら、それこそ伝説の神武の日から順に作っていかないとおかしいではないか?ようするに昭和の日というのは、昭和世代による「われわれの生きた時代は他の時代よりもスゴカッタのだ」という思い上がりを象徴するものでしかない。「昭和の日」推進運動をやっていたのは右翼の連中だが、こいつらはちょっとでも自分というものを客観視することが出来ないのであろう。いわんや日本を客観的に捉えることなどできはしない。しかしこういう人間には歴史や時代を知的に(いわゆる冷たい頭脳と暖かい心で)理解することはしょせん不可能である。「昭和の日」は、「激動の」昭和の時代をしのぶための祝日らしいが、皮肉なことにこの祝日制定を推進してきた人たちや、いまや日本の反知性主義を代表する読売新聞は、まったくもって歴史を語り、しのぶのにふさわしくない人たちなのである。 |
こんな指数はどうか? 2007/04/29(日) 11:46:35 |
| 為替取引をやっている人は、大多数スワップポイントが有利となるようなポジションを取っていると思われる。そこで、東京金融先物取引所に上場している通貨ペアを1枚づつ、スワップ受け取りの方向にポジった時の状態を指数化して、先物に上場したらどうなるだろうか?こうすれば為替取引をやっているお客さんを呼び込むことが出来るかもしれんではないか?残念なのは、現状の法制下では、このような指数は商品取引所には上場できないことである。自由化が望まれる。 昨日のコーヒー指数の話、NYやロンドン市場のも単純平均に加えたほうがいいですな。東京の2銘柄だけでは存在意義がほとんどない。 |
関西コーヒー指数 2007/04/28(土) 11:38:26 |
| 私の取引している店では関西商品取引所の上場商品は扱ってないので今まで気づかなかったが、関西コーヒー指数は7月限から指数の算出方法が変わっていることを知った。すなわち7月から、アラ:ロブ=9:1の加重平均に変わっていた。そういえば5月限だけ、妙に高い値段がついていておかしいとは思っていたが、そういう事情があるのかと合点した。ただこれでは、ほとんどアラビカそのものを取引しているのと変わらず、指数上場の意味がないのではないか?やはり以前のように単純平均のほうが、独自性があってよかったように思う。ついでに、指数は、わざわざ2000年の平均価格を1000として、現在の価格比を算出しているが、これなどいっそのこと、単に東穀の値段そのものを単純平均して、倍率も50倍にしてみたらどうか?こうすればアラロブとの関係がかなりわかりやすくなって、ちょっとは人気も回復しそうだと思うのだけれど、どんなものか。指数商品については、他人のふんどしで相撲を取る関西人らしい(失礼)商法だとは前から思っていたが、こうなるとなりふりをかまっているわけにも行くまい。 |
プロップファーム 2007/04/28(土) 00:48:16 |
| 先物を再開して以来、相場界にいくつか耳慣れない言葉が生まれているのに気づく。たとえば「石油クラック」である。7,8年前には、少なくともふつうの投資家の間では一般的でなかったと思う。用例を見てみると、原油と石油製品の鞘を言うものらしい。ところで昨日紹介した、「住商エレクトレード」は日本初の本格的「プロップファーム」なのだそうである。これも調べてみると、「自己売買を専業として行う会社」という意味であることを知った。役所はお堅いから、今までは自己売買だけを事業として行う会社など、登記の段階ではねられたのだろう。そういえば数年前まで、税務署に提出する書類で、職業欄を「投資家」などと書くと、「そんな職業などない!」と説教されたそうである。たしかに、やくざ・売春婦・相場師は、多くの人にとっては今もなお、それで稼ぐ人はいても職業とは認められぬものなのだろう。 |
住商といえば・・・ 2007/04/26(木) 21:37:10 |
| パプティマスさんが紹介されていた、住商エレクトレードの社長のブログを読んでみた。これは面白い。早速お気に入りに登録する。 自分も現在の商品先物市場について言いたいことを書いてきたけれど、当然のことながら、社長さんの意見はずっと奥が深いし、システムのことなど専門性も高い。なんかこれを読んでいると、私ごときがこんなところで浅い見解を披露しても意味がないような気がする。いや。そこは芳名録。素人や相場のプロが、自由に書きまくるところに意義がある。今後ともつれづれに書いていこう。
ふと、久しぶりに『銅マフィアの影・ドキュメント住商事件』(日本経済新聞社)を読み返したくなった。 |
積極営業と受身営業 2007/04/25(水) 23:03:26 |
| 何日か前、為替取引会社の勝ち組と目される会社について、結構専業組ががんばっているという話をした。為替取引が自由化して、かれこれ10年ばかりたつが、初期の頃は商品先物系の会社が多かった。率直に言って私は、提供するサービスの類似性から言っても、商取会社がこの分野を席巻するだろうと思っていた。したがって私の予想は外れたわけである。その理由を考えてみるに、FX取引では、不請招勧誘が最初からほぼ禁じられていたためだろう。このため、先物おなじみの「積極的な」テレコール勧誘が出来なかった。また口座を開いた後も、基本的にはネット取引であるため、外務員による「明日ドル、爆発的に上がりまっせ〜 腰ぬかさんででくださいよ〜〜」調の営業や、両建てや仕切り拒否といった問題が最小限に抑えられていたことが大きい。つまり商品先物の「得意」とする営業「手法」がほとんど使えなかったのである。 為替取引会社の営業は、商取のそれに比べると、きわめて受身である。すると競争は主として、手数料の安さ、通貨ペアの種類、スプレッドのせまさ、システムの安定性や使い勝手、スワップポイントの高さといった、顧客本位の観点でのものとなった。残念ながら商品先物系はこれらの競争ではトンとだめで、独立系や他分野からの進出者にあっけなく敗北してしまったのである。わずかにくりっく365系で気をはいている程度である。そうして受身営業であるのに、結果的にいまや商品先物より大衆化が進んでいる。これからの商品先物がどうあるべきかについて、示唆するところは多いというべきであろう |
アラロブさやとり 2007/04/24(火) 22:32:57 |
| アラビカとロブスタが上場してからもう10年近くたつであろうか。たしかアラの単位が69キロと中途半端になっているのは、ロブと鞘取りをしやすくするためだという話を聞いた。事実、私が掲示板を覗きだした頃、アラロブ鞘取りを得意とする人がいた。しかしやがてベトナム大豊作の影響で両者の鞘は開きっぱなしとなり、その人は大打撃をこうむってしまった。その頃言われたのは、アラロブの鞘取りをするのは、ジャガイモを売ってサツマイモを買うようなものだ、という話であった。それ以来、私の頭の中ではアラロブストラドルは成り立たないという情報がインプットされてしまった。最近の相場表を見ると、ロブでヘッジしつつアラでローリングなどで出来そうな気もするが、かなりリスクは高そうである。珈琲指数はうちの店では出来ないし。 |
むかしの日中の国民総生産を比較する。 2007/04/23(月) 21:09:24 |
| 『近代東アジア経済の史的構造』(中村哲編 日本評論社)という本を読んでいたら、1936年の中国の国民総生産(厳密には国民所得)の数字が載っていた。金額は257億元(74億ドル)一人当たり41.22元(14.64ドル)である。ちなみに当時の日本のGNPは大川推計によると193億24百万円(55億94百万ドル)一人当たり275円(79.72ドル)である。日清戦争前の1887年では通貨価値を物価指数を用いて時価に直すと、中国は57億元(43億ドル)、一人当たり15元(11ドル)、日本は8億18百万円(6億23百万ドル)、一人当たり21円(16ドル)であった。ここに用いたレートはいわゆる購買力平価ではなく、為替レートによるものであるから、大体において当時の市場評価にもとずく両国の経済規模を物語っている。円元パーなのは1936年は偶然だが、1887年は、両国ともメキシコドルを円・元の通貨単位にしていたから、必然である。 これを見てわかることは、日清戦争当時、日本は赤子をひねるように中国をやっつけたが、実は経済規模ははるかに中国のほうが大きかったこと、日中戦争当時もなお中国のほうが「経済大国」であったことである。戦前、とくに19世紀の戦争はまだまだ「総力戦」といえるようなものではなかったといえよう。では、日本・中国・朝鮮で何が違ってたのかというと、実は財政規模であって、幕末の頃の日本と中国の財政規模はほぼ同じ、朝鮮はこれよりはるかに小さく、江戸時代の日本人は中国・朝鮮人より6倍から12倍も重い税負担だったことが知られる。この重税こそが、日本を近代国家にいち早く飛躍させたとするなら、皮肉な話である |
保守派の中国予測 2007/04/22(日) 23:49:20 |
| 中嶋嶺雄『香港回帰』(1997)を読んだ。中嶋といえば、保守派の論客としてしられ、北京に対し極度に否定的な予想をするので知られる。この人が、香港が返還された年に中公新書から出した本が図書館にあったので読んでみた。案の定、香港の将来について極度に悲観的で、沈み行く都市国家と決めつけている。またこの本は、中国のひとりあたりGDPが2000ドルを超えるのは「21世紀もだいぶ先」などといっている。だいぶ先というからには少なくとも一世代ぐらい先と考えているようだが、事実は2006年に達成した模様であるから、この点でも大外れである。どうもこうなると予想というよりは、中国にはぜひとも失敗してもらいたいという、保守派の願望としか言いようがない。さすがにこの本は絶版になっている様だが、巷には今日もシナ破綻を願望する悪意に満ちた「予想」が垂れ流されている。この本はそれらにたいするよき教訓となるであろう。 |
知られざる名曲? その5 2007/04/20(金) 22:57:13 |
| マックス・レーガー(独1873〜1916)は、後期ロマン派の重厚な、あるいはバッハ風の擬古典主義の作風が特徴とされ、平凡社の一般向けの百科事典にもその名があり、すくなくとも音楽史に詳しい人ならば、決して無名とは言えないはずの人であるが、その作品は、晦渋などといわれ、じっさいに聞いたことのあるひとはすくないのではないか?私は23枚組みの室内楽全集を手に入れて、何よりも43歳という生涯の短さの割りにその作品の多さに驚いた。さてその「後期ロマン派」風の珠玉の旋律が聴けるかというと、・・・世評どおり晦渋な作品が多かった(笑) この人は音楽理論が先行したような作風であると思う。残念ながらクラシックの初心者には間違っても聞かせられない曲だとオモタ。 |
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