| 名前 | ぴょーたん | 更新日時 | 2026/01/08(木) 22:10:27 |
| ホームページ | なし | ||
| どんな人? | うさぎ年 うすのろ〜おマヌケ男子〜君の不思議は僕のせい 《3ー4》 那智治香からのラブ・レターを受け取って以来、毎日浮かれ気分にどっぷり浸かっていると、次第に恋しさが増幅していく。僕は彼女の声が聞きたくて日に日に我慢できなくなっていった。 ーーー4月12日(金)ーーー 夜22時、8日振りに彼女の家に電話してみる。 「吉村ですけど」 「あ、わたしー」 僕からの電話を待ちわびていたかのような、彼女の普段より少し高めの甘い声を耳にした途端、僕の胸は思わず弾けそうになる。 「あ、手紙書いてくれてありがとう、うれしかったよ」 「うん、昨日あなたからのお手紙読んだよ、ありがと」 周りにいる家族を気にしているのか、那智治香のいつもより小さめに囁く声が、あの晩のデートの余韻そのままに、僕の鼓膜を心地良くくすぐる。そのスイート感と言ったら半端なくて、僕のハートは恥ずかしい程にピンク色に染まっていく。 「また会いたいな」 「ゴールデンウィークって、金沢に帰って来るの?」 今までゴールデンウィークに帰省したことなんて一度も無かったのだが、那智治香に会えるなら話は別だ。 「そうだな、早く会いたいし、帰ろうかなー、予定決まったらまた電話するよ」 「うん、待ってるー」 遠く離れて暫く会えない分、何気ない会話の中でも、彼女の一つ一つの言葉を僕は大切に噛み締め、那智治香を感じ、それを忘れないように自分の身体に染み込ませていく。こんなにも安らかな気持ちでおしゃべりできるのは、彼女の僕への想いが分かっているからだろう。ほんの10分余りの、那智治香との貴重な言葉のやり取りを、僕は思う存分満喫した。 ーーー4月16日(火)ーーー 夜、バイトが終わると僕はいつものように直行で下宿に向かった。僕が住んでいる下宿周辺は民家もまばらで、22時を過ぎると開いている店はほとんど無い。いわゆる静かな田園地帯と言っていいだろう。下宿に到着し、真っ暗な納屋の扉を開け、照明スイッチを入れる。土間で運動靴を脱ぎ階段を登りかけると、下から7段目位だろうか、7日前と同じピンク色の封書が目に飛び込んできた。パンパンに膨らんだ封筒を手に取ると、僅かな重みが心にまで伝わってくる。宛名の筆跡は間違いなく那智治香のものだ。差出人のサインを確認するまでもなく、刹那にまた僕の心は宙に舞い上がり、ふんわりと漂い始める。 《3ー5》 ーーー(2通目の前半)ーーー 一途に思いつめたりした事、あんまりないですからね。友達以上の感情を持てなくて、中途半端でいたから、他人にいろいろ誤解されたり、それでお互い友達ではいられなくなったりしたこともあったけど、片思いっていうのを経験したのは、初恋の人だけです。 高校1年の時の家庭教師の先生でした。その人は20才で私と4つしか違わなかったけど、妙に大人に見えて、男らしさと優しさを持ったステキな人でした。でも、可愛い彼女がいることを偶然知って、自分の気持ちを告げることなく初恋に終止符を打ちました。それ以来ショックで、一生懸命になるとそれだけダメになった時、受けるダメージが強いから、のめり込まないように一歩下がって自分をセーブしているみたいです(自分で言うんだから間違いありません)。 でも、会社の同僚から「明日どっか行こう」なんて誘われると、割と二つ返事でついて行ってしまう方だったから、うちの母に言わせると「八方ブス」なんですって(八方美人ほど綺麗じゃないから)、今にバチが当たりますよーって脅かされているのです。 ーーーーーーーーーー ーーー中学卒業前は、毎日城戸誠と一緒に下校していたし、他にも今まで男性からいっぱい声掛けられて、一緒に遊びに行ったり、付き合ったりしてるんだろうけど、どれも気持は恋人未満だったってことなのかなあ、それって何か意外、もしそうだとすると、那智治香にとって初恋が家庭教師の先生で、セカンド・ラブが僕ってこと?ーーー僕に対して唯一好意を抱いてくれた女の子も家庭教師の教え子だったから、共通点ありありでわかる気がするなあ、少し年上の男性と部屋で二人きりになる訳だし、肩が触れ合いそうになる場面も必然的にあるから、確かに恋心を抱きやすいシチュエーションなんだよねー、でもやっぱり同い年よりも年上のほうが大人の魅力あるよな、あー、劣等感。ーーーのめり込まないように自分をセーブしてるって言ってるけど、僕に積極的にアプローチして欲しいってことかな、困ったなあ、どうしよう、恥ずかしくてできそうにないんだけど。ーーー男性から誘われたら嬉しいだろうから、そりゃあ時にはついて行くよな、みんなのアイドルなんだし、可愛いコの特権でもあるからね、多くの男性から視線を浴びてキラキラ輝いているそんな那智治香が、僕の誇りでもあるんだよなー。 | ||
| 投資手法 | 投資成功の三要素 <投資手法> ◇〜△ 裁量逆張りスイング <投資心理> △ <資金管理> × | ||
| 好きな銘柄 | 生煎饅頭(上海、4コ120円)・さぬきうどん(1杯180円)・香箱蟹(こうばこがに、1杯千5百円) 中日ドラゴンズ サガン鳥栖(J2) 中国語・鉄道・地理・気象 若松駿太〜祐誠高校→2012ドラF〜中日ドラゴンズ(13〜18)→栃木ゴールデンブレーブス(19〜)→福島レッドホープス(21〜24) 若松悠平〜祐誠高校→長崎国際大学→香川オリーブガイナーズ(21〜)→福島レッドホープス(22〜25) | ||
| フリースペース | 75年4月、私達の初めての出会いは中1の春でした。君は窓際の前から2番目、私はその右隣の席でした。いつもおしゃべり楽しかったです。そして私はいつの日か君を好きになり君の前では緊張してしゃべれなくなってしまいました。そして君は私にとって手を伸ばしても届くことが出来ない雲の上の存在になっていきました。 85年4月2日、同総会の2日後、憧れの君と素敵なデートができて最高に幸せでした。2軒目のお店に向かって夜の片町を歩いていると、君は私の腕をつかんでくっついてくれました。飛び上がる程うれしかったです。今でもその時の左腕の感触は忘れません。帰りに家まで送っていく途中、誰もいない公園での2人、まるで恋愛映画のワンシーンのようでした。さらに数日後届いた君からのラブレターはうれしすぎる想定外で、感激のあまりどうしていいのか戸惑ってしまいました。両想いだなんて、正に夢の世界でしか見ることのできない情景でした。 3年後の25才で君と結婚できるように、早速バイトを増やしました。3年間で300万円貯める予定でした。85年末に君の銀行(香林坊支店)で50万円をスーパー定期にしたのはその一部です。1年後の春には予定通り通過点の100万円貯まっていました。 85年9月、君が高松から金沢に戻った後、私は君宛の手紙に「オレの可愛い妹の治美ちゃんへ」と書きました。それ以降、私達の関係は次第にぎくしゃくし出しました。 85年12月末、私は既に2人の間にかなりの危機が迫っているのを感じつつも、君の家にプレゼントを渡しに行きました。君の部屋には私達2人の写真が飾ってありました。でもその時の君の様子から私は怖くなってしまい、言葉少なく帰宅してしまいました。 86年1月末、電話で君は私に言いました。「大阪に行ったのは約束してたから、、、プレゼント返さないと、、、」私はフラれたと思い、受話器を置きました。 86年3月、金沢片町の君が行きつけのスナックに私の足は向かっていました。ここは初デートの日と8月の2回、君と過ごした想い出の場所です。私がお店に入ると、ママは私を見るやいなや大歓迎してくれて、君を呼ぼうとするんです。「たぶん来ないと思います」って私は止めたのですが、ママはハイテンションで君の家に「彼氏が来てるよー」と速攻で電話。しかし次の瞬間、ママのテンションは急降下、、、その後別人のように私を無視し出しました。結局ママにはフラれたことも言えず、店を後にしました。 86年 スーパー定期 → 中期国債ファンド → 株式(現物) 87年 私は思い切って1年半ぶりに電話してみると、 君は私に言いました。「なんかうれしー」 けれども私は「また会えたらいいね」と言うのが精一杯でした。 89年 再び電話してみるとお母さんは私に言いました。 「あの子結婚したよー」…ヲワタ 89年 商品先物に手を出しわずか1ヶ月であり金(約400万円)全て失う。 91年 中学校の同窓生名簿が送られてきました。 約180名の同級生のうち勤務先が記載されていたのは、 なぜか君と私の2人だけでした。 えっ、何コレ…天文学的な確率なんだけど…神様の悪戯でしょうか。 99年 商品先物再開〜 サヤ取り 片張り 確定損益計 99年 ± 0万円 +125万円 +125万円 00年 + 88万円 −419万円 −331万円 01年 − 69万円 −186万円 −255万円 02年 +127万円 + 55万円 +182万円 03年 −103万円 + 76万円 − 27万円 04年 +202万円 −455万円 −253万円 05年 +283万円 +106万円 +389万円 06年 +336万円 + 17万円 +353万円 07年 − 96万円 −127万円 −223万円 08年 −246万円 − 55万円 −301万円 累計 +522万円 −863万円 (課税対象) (入出金ゼロ換算) 株式先物 くりっく365 確定損益計 有効額 (有効額変動率) 09年 + 1万円 ± 0万円 + 1万円 7,022千円 10年 +77万円 −84万円 − 7万円 6,525千円 (− 7.1%) 11年 − 8万円 ± 0万円 − 8万円 6,355千円 (− 2.6%) 12年 +19万円 − 6万円 +13万円 7,452千円 (+17.3%) 13年 −32万円 +34万円 + 2万円 8,363千円 (+12.2%) 14年 −71万円 +69万円 − 2万円 9,837千円 (+17.6%) 15年 +53万円 +13万円 +66万円 11,203千円 (+13.9%) 16年 +90万円 −18万円 +72万円 11,755千円 (+ 4.9%) 17年 +12万円 −12万円 + 2百円 5,000千円 (−57.5%) 18年 −14万円 +14万円 + 5百円 9,330千円 (+86.6%) 株式先物 CFD 確定損益計 有効額 (有効額変動率) 19年 −11万円 +11万円 + 3百円 7,852千円 (−15.8%) 20年 −24万円 +24万円 + 1百円 3,424千円 (−56.4%) 21年 + 112万円 − 112万円 + 3百円 1,914千円 (−44.1%) 22年 − 182万円 + 182万円 +18百円 5,354千円 (+179.7%) 23年 −72万円 +72万円 +28百円 6,241千円 (+16.6%) 24年 − 126万円 + 126万円 +32百円 5,430千円 (−13.0%) 25年 − 142万円 + 142万円 +37百円 7,305千円 (+34.5%) 26年 + 2万円 + 7万円 + 9万円 7,350千円 (+ 0.6%) 99年・・・ビビリながら、ピンで分散短期逆張りで、コツコツと。 〜04年・・資金管理ずさんで、ただの博打の連続〜。 05年・・・サヤ取りとデイトレに特化。 06年・・・やっと資金管理が重要と悟る。 07年・・・04年夏〜07年夏の3年間は有効額右肩上がりでルンルン♪ ルール違反により30%のドローダウン! トレード・ルールの見直しと厳格化を試みる。 08年・・・サヤ取りの従来手法が通用しなくなり、 07年夏の有効額ピークから50%弱のドローダウン! 「デイトレ・システム」と「サヤ取り・システム」を模索するも断念。 09年〜・・商品先物を封印し、225ミニなどチョロっと〜 12年〜・・秋山さんの研究データと私のトレード傾向(癖、嗜好)との マッチングから225ミニ中心に〜 20年4月有効額ピークから21年9月一時92%ドローダウン! 21年7月〜投資対象(CFD)拡大し、一時有効額518%アップ 23年12月有効額ピークから24年8月一時68%のドローダウン! | ||
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